2018年07月16日

仏検準2級二次試験

仏検準2級の二次試験が7月15日、大阪のアンスティチュ・フランセ関西・大阪であった。地下鉄南森町で降りて、歩いて、やっとのことで場所がわかった。とにかく暑くて、歩いているだけで体力が奪われる。
試験の集合時間が3時24分と書いてあって、ずいぶんと細かいんだと感心した。上の級はすでに終わっているらしく、集まったのは準2級を受ける人ばかりだった。待合室に30人ほどいたが、男は4人ほどで、あとは女の人だった。たしかに、フランス語ときたら、まだそういう感じがあるのだろう。
それはともかく、二次面接は、たった5分くらいで終了した。ネイティブではなく、大阪大学の先生という人が面接官だった。3〜4行くらいのフランス語のパッセージをまずは1分ほど黙読して、次に音読した。1つ、immeuble という単語がわからなくて、im を鼻母音で発音してしまった。面接が終わってから、聞いてみると、イモブルと読んで、ビルとか建物という意味とのこと。おそらくim/meuble となっていて、動かないものなので、不動産、つまりビルとか建物の意味になるのだと思って、帰ってから調べてみたらそのとおりだった。ちなみに、meuble だったら、家具という意味になるらしい。
音読が終わってから、それに対して質問が5つあったが、3問目、一番左の女性は手に何を持っていますか、という問題で、グラスという単語がわからなくて、適当に言ったら、verre だとのこと。そういえば、たしかに、昔読んだ、「ガラスの少女」という童話があったが、それが、なんとか verre だった。調べてみると、 Beatrix Beck の "La petite fille de verre"というタイトルだった。
ま、2つ間違ったが、おそらく合格していると思う。
冬季の仏検は1つ飛ばして、準1級を受けようと思っていたのだが、もしかしたら、ステップバイステップで2級にするかもしれない。
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2018年07月11日

オズの魔法使い

プロジェクト・グーテンベルクにあった「オズの魔法使い」のテキストを使って、こんな教材を作ってみました。こんな感じの空所補充問題を著作権切れの名作を使ってこれから少しずつ作っていこうと思います。「80日間世界一周」、「アラビアン・ナイト」、「ギリシャ神話」などいろいろとできそうです。よろしければ、挑戦してみてください。

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2018年07月05日

仏検準2級合格

この前、受けたフランス語検定準2級に合格したみたいで、テストは簡単だったので、不合格ということはないと思っていたが、それでもやっぱり嬉しいもので、こんなところに書き込んだりしている。といっても、100点満点中83点で、そんなに大したことはない。英検とは違って、仏検には書き取りテストがあって、フランス語を聞いて、それを書き取らないくてはいけない。ディクテーションなのだが、これが結構難しかった。聞いて理解できても、フランス語は、綴り自体はそれほど難しくはないけど、e é è ê と上に符号がつくのでややこしい。テストでも、hier (昨日という意味)を hièr と余計なことを書いてしまって、間違った。
これで、秋に準1級を受けて、合格して、そして、センター試験のフランス語を解説してみたいと思っているのだが、これからかなり勉強しないと受からないかも。。。
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2018年07月02日

よい子、悪い子、どっちの子

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■原稿枚数:17枚
■あらすじ:わたしのお父さんは大どろぼう。なのにわたしはせいせきゆうしゅう、行いものよい子。それでお父さんはかんかん。悪い事をするまで帰ってくるあと、追いだされてしまったわたし。どうしよう……。
■初出: 1997年11月20日  3年の読み物特集 下 株式会社 学習研究社学研
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●パパは大悪党●
「バ、バカモーン! な、なんだ、このせいせきは!」
 お父さんのたいほうのような大声に、わたしは、思わずとびあがってしまいました。
 二学期がおわったその日、わたしが、『あゆみ』をおそるおそる見せたときです。
「だ、だって――」
「だっても、クソもない! 少しは、ケンイチのことを見ならえ」
 そういって、お父さんは、ケンイチにいちゃんの『あゆみ』をわたしの目の前に、つきだしました。
「――――」
 すごいせいせきです。体育をのぞいては、国語も算数も社会もオール1でした。先生のコメントのところには、いたずら100回、ちこく50回。大きくなったらまちがいなく大悪党になるでしょう、と書いてあります。
「それにひきかえおまえというやつは――、体育をのぞいて、「たいへんすぐれている」ばかりだ。しかも、ちこくもけっせきも0、忘れものも0。おまけに、担任のコメントとして、こんなにやさしくてよいお子さんは、はじめてです。――まったくなさけない」
「ご、ごめんなさい」
 わたしは、消え入りそうな声でいいました。どうして、あやまらなければいけないのでしょう。ふつうのお父さんならほめてくれるはずです。でも、うちのお父さんはふつうではありません。じつは、わたしのお父さん――、大どろぼうなのです。
「こんなことで、りっぱな大悪党になれると思っているのか!」
「――あたし」
 大悪党になんかなりたくない、といいたかったのですが、こわくて言えません。
「そうだ、おまえは、女怪盗になるんだ。こんならくな商売はないぞ。一年に一日働けば、あとはあそんでくらせるんだからな、がはははは」
 うしろでがはははという声がしました。おにいちゃんがかえってきたのです。手には、お酒のビンをもっています。また、悪いことをしてきたのです。きっと、お酒だってぬすんできたにちがいありません。
「サンタ生け捕りさくせんを考えましたよ」 おにいちゃんは、お父さんに耳打ちをします。わたしには、おしえないつもりなのです。もうすぐクリスマス。このまえ、おにいちゃんは、サンタさんをつかまえて、プレゼントをひとりじめするんだといっていました。お父さんは、そのさくせんを聞いて、
「さすがわがむすこ。天才的な悪知恵じゃわい」
 大よろこびです。
「前いわいにいっぱい、いきますか?」
 おにいちゃんは、5年生なのに、お酒をのんでいます。なのに、お父さんは、しかるどころか、
「しょうらいがたのしみだわい」
 がはははとわらっているだけ。二人が、がはははのがっしょうをしている間に、わたしは、にげようとしたのですが、
「どこへ行くんだ」
とお父さんに耳をひっぱられました。
「おまえは、これから、外に行って悪いことをしてこい。世の中がふるえるくらいの悪いことをやってみろ。それまでは帰ってくるな。それができなければ、3学期から、悪党学校へ入れることにするからな」
 そういって、まるで猫のように、わたしは、家からおいだされてしまいました。わたしは、世界一不幸せな女の子です。
●悪い子になる方法●
 ゆうぐれの町をとぼとぼと歩きました。それにしてもこまったことになりました。
 お父さんがいっていた悪党学校というのは、悪党をそだてるためのひみつの学校です。そんなおそろしい学校にはいるのはいやです。でも、わたしには家出をしても、どこにも行くところがありません。だから、悪いことをするしかないのです。
 いつもよく行くこうえんに行って、そんなことをかんがえていました。上着をきていなかったので、さむくてしかたがありません。しかたないので、わたしは、駅のほうへ歩きはじめました。
 商店街からは、クリスマスソングがながれてきます。みんなたのしそうです。それなのに、わたしは――。泣きたくなってしまいました。
 悪いことといっても、なにをすればいいのでしょう。銀行強盗、万引き、ゆすり、どろぼう、ひったくり。お父さんとおにいちゃんが、よく話しているおそろしいことばが頭の中にうかびました。でも、とてもそんなおそろしいことはできません。 
「そうだ」
 わたしは、商店街のきっさてんの前で立ち止まりました。学校でもらった『冬やすみのすごしかた』という紙に、よい子は、お父さんお母さん以外の人といっしょにきっさてんやゲームセンターに行ってはいけません、と書いてありました。でも、ゆうきをふりしぼって、わたしは行くこときめました。
「――――」
 足をふみだそうとして、だいじなことに気がつきました。お金をもってこなかったのです。これじゃ、はいるわけにはいきません。 しばらく歩いていると、大きなお家がたちならぶところにやってきました。そのとき、わたしは、おにいちゃんがしていた悪いことを思い出しました。でも、こんなことをしてしまったら、わたしはもうだめです。悪の道にすすむことになってしまいます。わたしは悪い子になってしまいます。
 大きな家の前で、立ち止まりました。しんぞうがどきどきします。なんども門の前を行ったり来たりして、7回目、ゆうきをふりしぼって、チャイムをおしました。そして、いちもくさんににげだそうとしたとき、
「あら、佐久間さん」
という声がうしろでしたので、とびあがってしまいました。ふりむくと、そこに、洋子先生がたっていました。まさか、ここが先生の家だったなんて。十月にこの町にひっこしてきたばかりなので、知らなかったのです。
「なにか、ごよう?」
「――――」
 まさか、先生のお家のチャイムをおして、いたずらをするつもりだったなんていえません。わたしは、なんておそろしいことをしようとしたのでしょう。でも、その後、先生がいったことはもっとおそろしいことでした。「先生ね、じつは、佐久間さんのおうちへうかがおうと思っていたのよ? ぜひ、一度おとうさまにお会いして、どんなふうにしてあなたのようなよい子を育てられたのか、おうかがいしたいと思っていたの」
 それだけはこまります。こまったことになりました。あんなお父さんにあったら、先生は、なんと思うでしょう。
「ご、ごめんなさい」
 わたしは、どうしていいかわからず、そういって、走りました。
 それから、しばらく、図書館に行っていました。5時になって、図書館がしまって、わたしは、また外にでました。外はすっかり暗くなっていました。でも、わたしには、帰る家がありません。
 商店街をぬけて、パチンコ屋さんのとなりにあるゲームセンターの前まできました。ここなら、お金がなくても入ることはできます。もちろん、わたしは、すぐに入って、すぐに出てくるつもりでした。思い切って中にはいりました。やかましいところです。高校生や中学生がいっぱいいます。出ようとしたとき、目の前に女の人が3人立ちました。
「へええ」
 同じ学校の6年生の人たちです。
「あんたみたいな、いい子ちゃんがゲーセンに来るんだ」
「――――」
 わたしは、おっかなくなって、下をむいていました。そして、12の3で、走りました。「まちなよ」
 おいかけてきます。でも、あいては6年生、それに4人もいます。かちめはありません。わたしは、パチンコ屋さんのうらの駐車場においつめられました。
「この前は、あたしたちのことをよくもちくってくれたわね」
 前に、この人たちがわたしのクラスの女の子をいじめていたのを先生にいったので、そのことをいっているのです。
「ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃすまないよ」
「あたしたち、ゲーム代たりないから、ちょっと金、かしなさいよ」
「――も、もってません」
「だったら、どうして、ゲーセンにいたっていうのよ。ざけんじゃないよ、このガキ」
 ぶたれるとおもって、わたしは、目をとじました。でも、なにもおこりません。目をあけると、その手がとまっていました。そして、「わあああ!」
といって、にげていったのです。その時、うしろから、笑い声がしました。おにいちゃんの声です。あの子たちは、おにいちゃんをこわがってにげたのです。
「悪いことするの、手伝ってやろうか?」
「いいもん。あたしだって、悪いことぐらい、できるもん!」
 なんだか、いつもお父さんにほめられているおにいちゃんのことがにくらしくなって、わたしは、そんなことをいってしまいました。せっかく、たすけてくれたのに――。
「じゃ、かってにしな」
 そういって、おにいちゃんはどこかに行ってしまいました。ひとりになって、また街を歩きました。外はすっかりくらくなりました。お菓子屋さんの店の前では、エプロンをしたおねえさんたちが、クリスマスケーキをうっています。
「あっ――」
 むこうから歩いてくる人を見て、わたしは、はっと立ち止まってしまいました。おまわりさんです。どうして、おまわりさんを見ただけで、どきどきするのでしょう。なにもわるいことをしていなくても、なんだかにげだしたくなるのです。お父さんは、堂々としておけばいいといっていました。でも、もしかして、おまわりさんはこれから悪いことをしようとしている子でもわかるのかもしれません。もし、そうだとしたら、そのときのわたしを見たら、きっと捕まえたにちがいありません。だって、わたしは、世にもおそろしい悪事をたくらんでいたのですから。
 でも、しんぱいのしすぎでした。おまわりさんは、ジングルベルを口ずさみながら行ってしまいました。
「――――」
 さっきのきっさてんの前にきていました。わたしがかんがえていたこと、それは、食い逃げです。食いにげというのは、お店でなにかをたべて、お金をはらわずににげてしまうことです。前に、お兄ちゃんのはなしをきいたことがあります。
 そんなおそろしいことができるのでしょうか。でも、悪いことをしないと、わたしは、お家にかえれないのです。このままだと、わたしは、おはなしの中のマッチ売りの少女のようにこごえて死んでしまいます。それに、どうせわたしは、どろぼうのこどもです。こんなことをしようなんて、わたしは、そのとき、どうかしていたにちがいありません。
「――」
 店の中にはいったとたん、すごい音がしまました。わたしは、びっくりして、ひっくりかえってしまいました。店の女の人がわたしの手をとって、
「おめでとうございます。当店千人目のお客さまはかわいいおじょうちゃん!」
と、いいました。すごい音は薬玉だったのです。
●ママ●
 わたしは、お店でもらったプレゼントをかかえて、またこうえんにもどっていました。あたりはすっかり暗くなって、「ちかんにちゅうい」というかんばんだけがひかっているだけです。
 どうして、こうもうまくいかないのでしょう。これは、きっと神様がわたしに悪いことをしてはだめだといっているにちがいありません。でも、悪いことができないと、わたしはお家には帰れないのです。どこからか、きよしこの夜がきこえてきます。
「ママ――」
 わたしは、むねのロケットを出して、ママのしゃしんにはなしかけました。
「ママ――」
 お父さんは、ママとけっこんしていたときから、どろぼうだったわけではありません。むかしはまじめだったのです。ママは、いつもわたしにいっていました。パパやおにいちゃんのぶんもおまえがしっかりしなきゃだめよ――と。なのに、わたしは、今日、なんてことをしてしまったのでしょう。けっきょく、何ひとつ悪いことはできなかったのですが、しようとしたことにちがいはありません。 ぐぐうとおなかがなりました。そういえば、ゆうごはんをたべていなかったのです。わたしは、さっきのきっさてんでもらったケーキのはこをあけました。そして、食べようとした、そのときです。
「きゃああ。ち、ちかん!」
という声がして、女の人がこうえんのほうに走ってきました。チカンというのは、女の人にエッチなことをする悪い人のことです。女の人がわたしのいるすべりだいの下を走り抜けていきました。つづいて、男の人がやってきます。わたしは、なにもかんがえずケーキを男の人になげつけていました。
「わ、わああ」
 ケーキがめいちゅうしました。目の前が見えなくなって、男の人は、足をもつれさせて、こうえんのぞうさんにぶつかってしまいました。チカンがうめいて、
「いてて! な、なにをするんだ。わたしは、けいじだ」
 そんなことをいっています。うそにきまっています。でも、わたしは、こわくなって、いちもくさんに逃げました。
●もしかして、悪い子?●
 どこをどう走ったのかわかりません。でも、気がついたら、家にかえっていました。
「お、道子か」
 二人は、テレビを見ていました。さっきのお酒がもうからっぽになっています。
「言ってみろ。どんな悪いことをしたんだ」「――あたし」
「どうした」
「――あたし、悪いことするのいや」
 わたしが、そういうと、
「――な、なんだと」
と、お父さんは、口をあんぐりとあいたままなにもいいません。
「あたし、お父さんがなんといっても、もう悪いことをするのはいや。悪いことはしないことにきめたの。女怪盗になんかならない。大きくなったらかんごふさんになって、こまった人をたすける」
「な、なんだと」
「ぶたれてもいいもん。たたかれてもいいもん。だけど、悪いことをするのはいや」
と、そのとき、テレビのニュースが、
「本日、午後十時ごろ、葛飾区の立石で、指名手配中の女さぎしをついせきちゅうのけいじが、空からふってきたケーキにあたってけがをするというじけんがおきました」
 立石というのは、わたしの住んでいる町のことです。まちがいありません。チカンだと思ったのは、けいじさんだったのです。わたしは、目が点になってしまいました。
「ま、まさか、おまえがやったのか?」
 お父さんが、わたしのようすに気づいて、「でかしたぞ、道子。やはり、わしの娘だ。けいかんをやっつけるとは、これは、あんがい大悪党のそしつがあるかもしれんぞ」
という声が、わたしにはほとんどきこえませんでした。
 ということで、わたしは、悪党学校に入れられずにすみました。あの犯人もしばらくしてつかまったそうです。でも、お父さんとおにいちゃんはあいかわらず。ママのかわりに、わたしががんばって、二人を悪の道から立ち直らせてあげようと思っています。
                                   《おわり》
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2018年06月26日

プロレスあんちゃん

これはデビュー作で、当時住んでいた葛飾区立石はこんな感じのおもしろい街でした。

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作品タイトル:「プロレスあんちゃん」
発表年月日:1987年12月 
絵:吉見礼司(よしみれいじ) 
発表媒体:ポプラ社(学年別こどもおはなし劇場21・3年生)
枚数:35枚
粗筋: 火ようびの8じになると、おにいちゃんは、くるいだします。おとうさんもです。うちのかぞくでまともなのは、おかあさんとわたしだけです。男はばかです。やばんです。らんぼうです。まともではありません。
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「プロレスあんちゃん」
森峰あきら
●ルビなしテキスト●

 火ようびの8じになると、おにいちゃんは、くるいだします。おとうさんもです。うちのかぞくでまともなのは、おかあさんとわたしだけです。男はばかです。やばんです。らんぼうです。まともではありません。

 第一ラウンド
「おまえ、どこへいくんだ?」
 ついてません。
 九時までの一時間、家出しようとおもっていたのに、きょうは、おにいちゃんにみつかってしまいました。みかたのおかあさんは、こういうときにかぎっていません。先週から、カラオケ教室にかよいはじめたのです。
「さ、おまえもこい。はじまるぞ」
 うきうきした声でいいました。
 テレビのプロレス・クイズであたった、トラのふくめんをかぶっています。
 けんいちにいちゃんは、ほとんどびょうきにちかいプロレスファンです。じぶんで《タイガー・けんいち》なんて、ばかななまえをつけてよろこんでいます。
 学校でだって休み時間は、いつもプロレスごっこです。友だちとタッグ・チームを組んで試合をしては、先生にしかられてばっかり。おにいちゃんにいわせると、あれは、プロレスごっこではなくて、男と男のいのちをかけた、シンケンショウブなのだそうですが……。
「おまえは、ここにいろ」
 手をつよくひっぱられて居間につれもどされました。
「あんなもの見たくない」
 いってもはなしてくれません。
「あ、あんなものだって……」
 手をつよくひっぱりました。
「プロレスなんてだいきらい!」
 いってやりました。そしたら、おにいちゃんがすごい目でにらんでいました。
「おまえ、プロレスの悪口をいうと、いくら妹でも、このタイガー。けんいちがしょうちしないからな」
 目をぐりぐりうごかしました。
 こんなときは、さからわないほうがいいのです。あいては、びょうきなのですから。
「にげようなんておもうなよ。いいか……」
 なんだかそわそわして、おちつきがありません。プロレスがはじまるからでしょうか。
「……ションベンしてくる」
「……」
 こんなバカみたいなおにいちゃんのせいせきが、六年生でいちばんだなんて、ほんとうにしんじられません。近所のおばさんたちは、おにいちゃんのことを《天才ケンちゃん》とよびます。そして、わたしの気もしらないで、
「みっちゃんは、しあわせだねえ。あんな頭のいいおにいちゃんがいて」
 なんていいます。
 と、とんでもありません! わたしは、日本一ふしあわせな女の子です。
 おにいちゃんがトイレにいっているうちに、にげださないとまた、いじめられます。
 こっそりと、げんかんにでました。そして、ノブに手をかけました。
「きゃあ!」
 そとからすごいいきおいで、ドアがあいたのです。
「おっ。道子。ただいま」
 おとうさんでした。
「……おかえりなさい」
 ついてません。ほんとうについてません。おとうさんは、わたしをだきあげました。
「かあさんは?」
「カラオケ教室、いった」
「そうかそうか」
 ニコニコしています。そして、わたしをだいたまま、居間まであがりました。つれもどされてしまったのです。
「おっ。まにあった、まにあった」
 テレビをつけます。
「いやあ。あつい、あうい」
 台所にはいっていきました。プロレスを見ながら、ビールをのむのです。
「……きんたまのうらまで、あせびっしょりだ」
 いつもこのちょうしです。おとうさんは、けんせつ会社をしています。
 おにいちゃんは、まだトイレからもどりません。こんどこそにげださなければいけません。
 ぬき足さし足で、こっそりとでようとしました。
「おい、道子。プロレス、見ないのか?」
 ビールを手にしたおとうさんに、よびとめられました。
「あんなもの見たくない!」
 わたしは、きいいっとなって、いいました。
「……どうしてだ」
 ふしぎそうにききます。
「わたし、アニメを見たいの!」 
 すきなばんぐみは、かんごふの女の子が主人公のアニメです。わたしは、おおきくなったらかんごふさんになるのです。
「あんなのくだらねえ。おとうさん、やっぱり男は、プロレスですよね」
 トイレからでてきたおにいちゃんが、いつのまにかうしろにたっていました。
「そうだ。プロレスは男のロマンだ」
 おとうさんが、おおきくうなずきます。
「生きるということは、たたかいだ。たたかいに、いのちをかけるのが、男のロマンだ」
 おにいちゃんが、ズボンのチャックをしめながら、いいます。
「……そうですよね。おとうさん」
「ん。そのとおり。何度きいても、感動してしまうことばだ」
 おにいちゃんがいったのは、『アントン名言集』という本のなかのことばです。ばかのひとつおぼえです。もう何回きかされたかわかりません。
「タイトルかくとくの、栄光のあとをおもいおこしてみると、そこにはかならず血と汗がある」
「じつにいいことばだ」
 二人ばかりで、もりあがっています。
「ぼく、おおきくなったら、ぜったいにプロレスラーになるからね」
 おとうさんは、うでをくんで、まんぞくげにウンウンとうなずきます。
 このまえ、学校の《おおきくなったらなにになりたいか》という作文で、おにいちゃんはプロレスラーになりたいとかきました。それが学校しんぶんにのってしまったのです。おまけに、三年生のわたしのクラスでも先生が、みんなのまえでよみました。わたしは、ずっとうつむいていました。おにいちゃんのおかげで、わたしはクラスのわらいものです。
「さ、道子。おまえも見るんだ」
 おとうさんが手をひっぱりました。
「いや、やだ。ぜったい、いや!」
 あばれてもはなしてくれません。
「うるさい。もんくをいうな!」
 おにいちゃんに、阿多mをばしっとぶたれました。ほんとうは、もっとやさしいおにいちゃんなのに、プロレスがおにいちゃんをくるわせてしまうのです。
「わたし、女の子なのよ」
「おまえには、男のロマンがわからんのか」
「そんなもわかんなくてもいい!」
「道子……」
 おとうさんが、まじめな顔でいいました。
「……な、なによ」
「おまえだって見ておいたほうがいいぞ」
 ばかにしんみりとした口調でした。
「……どうしてなのよ!」
 なにをいいだすのかとおもってききました。
「しょうらい、女子プロレスラーになるためだ」
「…………」
 おとうさんは、悪魔です。
「女子プロにはいって、ごくあくどうめいのダンプ松本をやっつけてほしいんだ」
「…………」
 あまりのことにことばがでてきません。
「おまえならできる」
 おおきくうなずきました。
「プロレスラーになんか死んだってならないもん!」
 泣きたくなりました。
「リングネームもかんがえてあるんだぞ。――ゾンビ・道子。どうだ、強そうな、いいなまえだろう? なにしろ、きょう一日中、会社でかんがえたんだからな」
 きぜつしそうになりました。
「……ま、そのうち、気がかわる」
 ほんとうに目のまえがまっくらになりました。女子プロレスラーになんかなったら、一生、およめさんにいけません。そんなの、いやです。

 第二ラウンド
 ばかな音楽が、はじまりました。メイン。イベントが、はじまるのです。おにいちゃんは、音楽にあわあせてテレビのまえで、原始人のようにおどっています。ばかです。ばかとしかいいようがありません。
「青コーナー。三百五十五パウンド。アブドーラ・ダ・ブッチャー!」
 リングアナウンサーが、選手のしょうかいをしています。ブッチャーというのは、ドラムかんのようにふとった、まっ黒の外人レスラーです。
 そういえばmこのまえ、海ぼうずにおいかけられる、おそろしい夢をみてしまいました。プロレスなんかみると、ろくなことがありません。
「赤コーナー。二百四十パウンド。アントニオ猪木!」
 日本人のレスラーが、しょうかいされます。
「猪木! がんばれ! ブッチャーなんか、やっつけろ!」
 おにいちゃんのそんけいするレスラーです。もちろん、この人のファンクラブにもはいっています。べんきょうべやは、この人のポスターとかサイン色紙でいっぱいです。
 おにいちゃんは、来年、私立の中学をうけます。だから、まい日、じゅくにかよって、日曜日はいつも会場テストをうけにいっています。
 それが、火曜の八時になると、それまでじぶんのおへやで、しずかにべんきょうしていたおにいちゃんが、まるで、スイッチをいれかえたように、べつじんにへんしんするのです。わたしは、おにいちゃんが、ばかなのか、かしこいのかわからなくなってしまいます。
 べんきょうのことだと、おかあさんまでが、おにいちゃんのみかたをします。このまえ、わたしが、おにいちゃんのことをいいつけたときも、こうでした。
「ま、あの子も、べんきょう、べんきょうでストレスがたまっているんでしょ」
 わたしのくるしみなんか、ちっともわかってくれません。
 おにいちゃんは、プロレスをみたあとは気分がすっとして、べんきょうがはかどるといいます。じょうだんじゃあ、ありません! どうして妹のわたしが、ぎせいにならなきゃいけないのですか。
 ゴングがなって、試合がはじまりました。
「猪木。ブッチャーなんかやっつけろ!」
 おにいちゃんは、もうかんぜんに頭がプッツンです。くるってます。わたしは、なるべくはなれていました。
 暴力は、だいきらいです。あんなやばんな人は、きらいです。どうして、もっとなかよくできないのでしょう。いくら、おしごとだとしても、あんなことをしてお金もうけをするのは、はんたいです。けんかはいkません。
プロレスなんか世の中から、なくなればいいのです。あんなもの!
「おおっと! ブッチャーの頭つき、猪木にさくれつ! 猪木、きいた!」
 猪木がたおれると、おにいちゃんは、テレビにしがみつきます。
「猪木! たて! 男の根性だ!」
 テレビのなかにきこえるわけがないのに、ひっしでさけびます。もうなん年もプロレスをみているのに、それくらいのことわからないのかしら。
 おともだちにきくと、あんなもの八百長だっていっていました。八百長というのは、インチキのことだそうです。はじめからどっちが勝つかきまっているのです。だから、あんなもの、いたくもないのにいたいようにわざとおおげさにふるまっているだけなのです。
 でも、おにいちゃんのまえで《八百長》ということばは、ぜったいにいってはいけません。いちど、けんかして、
「あんなの八百長よ!」
と、いってしまって、ひどい目にあいました。
「よーし、それなら、ほんとにいたくないかどうか、おれの頭つきをうけてみろ」
 そういって、おにいちゃんは、頭つきをしました。目から火花がでました。すごくいたかったです。つぎの朝おきたら、頭におおきなたんこぶができていて、学校を休んでしまったくらいでした。
 はやくどっちかが、負けておわればいいのに。おかあさんは、まだかえってきません。どうして、よりによって火曜日にカラオケ教室なんかに、とおもうと腹がたってきました。
「おおっと! ブッチャー、なにか光るものを……」
 ブッチャーが、手になにかかくしています。フォークです。この人はヒキョウな人で、いつもじぶんがピンチにおちいると、はんそくをします。はんそくは、ヒキョウです。それなのにレフリーの人は、とめません。やっぱり八百長です。
「猪木、あぶない。にげろ!」
 テレビの画面にくいついて、猪木によびかけます。ばかです。
「いのきい!」
 フォークでつかれて猪木のひたいからすごい血がでていました。
「こ、これは、そうぜつな試合になった」
 いちどでじゅうぶんなのにブッチャーは、なんどもなんども、血のでているところをフォークでせめます。ああ。また、夢にでてきそうです。
「おおっと。血にうえた悪魔の化身!」 
 アナウンサーまでばかです。
「じごくからきた黒い呪術師!」
 ブッチャーもものすごいかえり血です。わたしは、テレビから目をはなしました。
「猪木…………いのきいいいいいいい」
 おにいちゃんは、血をみるとますますこうふんします。手のつけようがありません。
 あんなに血がでているのにまだブッチャーは、やめません。ひどすぎます。
「猪木……猪木……」
 おにいちゃんの声が、ちいさくなります。ふとみると、おにいちゃんは、目に涙をためていました。
「……おにいちゃん」
 ちょっとかわいそうになったので、いってあげました。
「だいじょうぶよ。あのね、あれ、ほんとうの血じゃなくて、うその血なんだって。だから、ちっともいたくないんだって」
 おにいちゃんのどんぐりまなこが、わたしをにらんでいました。
「おまえ、あとで、おぼえてろよ」
 かわいそうあとおもっていってあげたのに……。
「おおっと。猪木。かげきなセンチメンタリズム!」
 テレビでは、あんなに負けていたはずの猪木がきゅうに元気になっていました。おにいちゃんも、たちあがります。そして、ざぶとんを三まいとって、だきかかえました。
「根性のジャーマン・スープレックス、きまったか?」
 テレビの猪木にあわあせて、ざぶとんにジャーマンスープレックスをかけました。
「ワン・ツー・スリー!」
 試合は、おもったとおり猪木が、けっきょく勝ちました。ま、八百長ですから、あたりまえです。
「猪木、やった、やった、やった!」
「やったあ!」
 うれしくてわたしもさけんでしまいました。もちろん、やっとおわってくれたからです。それなのに、おにいちゃんは、わたしがよろこんでいるとかんちがいして、あく手をしにきます。
 テレビはもうコマーシャルをしているのに、まだ、おにいちゃんは、夢を見ているような目つきをしています。にげるのは、いまのうちです。そっとたちあがりました。
「ブッチャー、まて!」
 足をつかまれました。わたしは、ブッチャーなんかじゃありません。
「おおっと! ヘッド・ロック!」
 頭をしめつけます。いつのまにか、居間のテーブルはかたづけられています。
「はなして。はなして!」
 テレビがおわると、いつもプロレス技の実験台にされるのです。このまえは、『四の字がため』というのをかけられました。そのまえは、『サーフボードクラッチ』、そのまえは、『シュミット流バックブリーかー』。そのまえは、『卍がため』……。
 おもいだすだけで、くやしくて涙がでてきます。おとうさんもどうかしています。わたしが、いじめられているんだから、とめてくれたっていいのに。
「けんいち!」
 おとうさんのすごい声が、しました。
「は、はい!」
「おまえというやつは……!」
 おとうさんがわたしをたすけてくれたのです。わたしは、おとうさんのうでのなkで、イーダってやってやりました。おこられればいいのです。
「なんどいったらわかるんだ!」
 おとうさんは、やっぱりまともです。そうおもったのですが……。
「いいか? ヘッド・ロックという技は、あいての頭をしめるだけではだだ。よおくみてろ!」
 おとうさんがわたしの頭をかかえこみました。
「いいか。こうやって、体重をかけてだな」
 力をいれてきました。もがいてもだめです。
「いたい。はなしてえ!」
「ちょっとは、がまんしろ。そんなことでは、女子プロレスラーになれないぞ」
「お、おとうさんのばばばか!」
 おもいっきり指にかみついてやりました。
「おおっと。かみつきブラッシー。あ。いててて! お、おい。は、はなせ」
 はなしてあげません。
「み、道子。ほ、ほんきになるな。いて。いててて」
 はなしてやるもんですか。
「きゃあ!」
 おにいちゃんがうしろからわき腹をくすぐったので、わたしは、かみついていた歯を、はなしてしまいました。
「ロープ、ロープ」
 おとうさんが、居間のかべに手をふれます。
「おとうさん。タッチ、タッチ!」
 おにいちゃんが、タッチしました。
「もう、やめて!」
 いってもはなしてくれません。
「おおっと。タイガー・けんいち。ヒキョウなゾンビ・道子の腕をかためた!」
 じぶんで、じぶんのやってることを開設しています。
「正義のジャーマン・スープレックス、きまるか!」
 さっきのあの技をかけるつもりなのです。ばかみたいだけどわたしは、
「おにいちゃん。ロープ、ロープ」
と、かべに足でタッチしていいました。おとうさんのレフリーは、しらん顔をしています。
「こんどこそ」
 おにいちゃんが、わたしをへやのまんなかにひっぱりました。
「ロープにタッチしたのよ!」
 おとうさんに抗議しました。
「そうか? わるい、わるい。見てなかった」
 たばこをふかしながら、そっぽをむいていいました。
「ヒキョウよ!」
 わたしは、さけびました。わたしのときだけこんな手をつかうのはヒキョウです。
「うるさい。レフリーが見てないと、無効なんだ」
 そういって、力をいれてわたしの体をもちあげます。このままうしろへ、ほおりなげるつもりなのです。
「いたーい!」
 足がうきあがりました。
「はなしてえええ!」
 涙がでてきました。
「ひとごろし!」
 思いっきり泣いてやりました。
「なんだ、こいつ……」
 つまらなそうに、やっとはなしてくれました。
「おにいちゃんのばか!」
 テレビの上にあったプロレスの本をなげつけてやりました。
「こんなもの。こんなもの!」
 週刊プロレスも、週刊ファイトも、プロレス大百科もなげつけてやりました。
「こんなもの。こんなもの!」
 サイン色紙も、オモチャのチャンピオンベルトも、なにもかもなげつけてやりました。
「……ん。道子には、やっぱり正統派よりも悪役のそしつがあるようだ」 
 さっきわたしがかみついたところをさすりながらおとうさんがいいました。
「ば、ばか!」
 きいいっとなってじだんだをふんで、そして、くやしくて、家をとびだしてやりました。泣きながらはしりました。はしりながら泣きました。あの家はじごくです。

 場外乱闘
 児童公園にいきました。
 夜の公園にはだれもいません。ひとりぼっちでブランコにのっていると、きゅうに泣きたくなって、泣きだしてしまいました。
 ふと、うしろにだれかいるけはいがしました。おにいちゃんだったら、ひっかいてやろうとおもって、なみだをふいて、ふりかえりました。
「……」
 しらないおじさんが、わたしをじっとにらんでいます。わたしは、おかしくなってクククってわらいそうになりました。だって、ミッキー・マウスのTシャツなんかきてるんだもの。
 でも……。
「がお!」
 とつぜん、おじさんが、ほえたのです。わたしは、とびあがってしまいまsた。
「い、いたい!」
 にげようとしたら、髪の毛をひっぱられてしまいました。
「おじょうちゃん……」
 だきついてきました。お酒のにおいがムッとしました。よっぱらいです。
「た、たすけて……」
 そのときです、公園のジャングルジムの上からすっとんきょうな声がしたのは。
「タイガー・けんいち、さんじょう。チカンめ、かくごしなさい!」
 トラのふくめんをしたおにいちゃんが、ジャングルジムのいちばん上からとびおりました。
「エルボー・ドロップ!」
「げふっ!」
 おじさんがうめき声をあげました。
「おにいちゃん!」
 もう、うれしくっておにいちゃんにしがみつきました。
「道子……」
 おにいちゃんはゆっくりとマントをぬぎました。
「タイガー・けんいちが助けにきたから、安心しなさい」
 なんだかきどった声でした。でも、すごくかっこよかったです。
「どうだ、ブッチャー。タイガー・けんいちのいりょくをおもいしったか!」
「こ、この……!」
 チカンがせなかをさすりながらたちあがります。ふらふらしていました。
「きなさい。さあ、かかってきなさい!」
 おにいちゃんがあごをつきだしていいました。アントニオ・猪木のまねです。
「がおお!」
 チカンが、おにいちゃんにとっしんしてきます。
「ローリング・ソバット!」
 うしろげりがきまって、チカンがまえのめりにたおれました。わたしは、おもわず手をたたいてしまいました。
「正義のジャーマン・スープレックスをうけてみよ!」
 うしろにまわって、こしに手をまわしました。
「やっちゃえ、おにいちゃん!」
 わたしは、もうむちゅうになってさけんでしまいました。でも、おにいちゃんは、そのままのたいせいで、おじさんおしたじきになってしまいました。
 もがいてもだめです。おにいちゃんは、さかさまにされたかめみたいになってしまいました。
「このチビめが!」
 チビだっていわれるとおにいちゃんは、おこります。あたっているからです。
「くっそ。こ、このチカンめが!」
 おにいちゃんは、やっとのことでたちあがりました。
「きなさい。さ。かかってきなさい!」
 負けているのに、まだ、やるつもりです。
「く、くるしい……」
 おにいちゃんが、ピンチです。チカンがヘッドロックをかけたのです。はずそうとして、もがいたので、ふくめんがビリッとやぶれてしまいました。
「お、おにいちゃん」
 きがついたら、わたしは、おちていたぼうを手にしていました。
「お、おにいちゃんをはなせ!」
 目をつむって、えいってぼうをふりあげました。
「いて!」
 やったと、おもいました。
 でも、頭をおさえていたのは、おにいちゃんのほうでした。まちがってしまったのです。
「……ご、ごめんなさい」
「……こ、このドジ!」
「ごめんさない、ごめんなさい」
「ばかやろう! あのたいせいからジャーマンにはいろうとおもっていたのに!」
 おいかけてきました。
「たすけてえ」
 公園のなかをにげまわりました。
「がおおお!」
 チカンが、そこにまちかまえていました。
「きゃあああ!」
「ばかやろう!」
「がおおおお!」
 ふたりでわたしをおいかけてきます。
「きゃあああ!」
 もうメチャクチャです。
「あっ、待て!」
 ドサクサにまぎれてチカンがにげていきます。
「けんいち!」
 公園の出口のほうで声がしました。
「お、おとうさん!」
「さっきのエルボーはよかったぞ。……しかし、スープレックスのほうは、まだまだしゅぎょうがたらん!」
 チカンは、おとながきたのであわてています。
「がおおおおお!」
 おたけびをあげました。
「ウエスタン・ラリアート!」
 おとうさんの右うでがさくれつしたのです。チカンは、はじきとばされてしまいました。
「ひ、ひえええ!」
 もうたじたじでした。
「けんいち。よくみていろ!」
 チカンをおこします。
「は、はい!」
「これがほんもののジャーマンだ!」
 チカンの体がとびました。
「ワン・ツー・スリー!」
 おにいちゃんが、すかさずカウントをとりました。ぜんぜんうごけません。おにいちゃんが、おとうさんの手をあげます。
「イチバン! イチバン!」
 お父さんは、ピョンピョンとびあがりました。
        ※
 お家にかえるとちゅうで、おにいちゃんは、、くやしそうにいいました。
「くそお。二本目こそは、ジャーマンをきめてやろうとおもっていたのに!」
 けっきょくチカンににげられてしまったのです。
「くっそお!」
 血がながれている顔でにらまれました。さっきわたしが、ぶったところです。ごめんなさいっていおうとしてもことばになりませんでした。
「道子……」
 おにいちゃんが、いいました。いつになくしんけんな顔です。
「すまなかった。おにいちゃんのことをゆるしてくれ。おれは、おまえを助けることができなかった。おれがばかだったんだ」
 けんいちにいちゃんにあやまられたのなんて、はじめてでした。
「ん。おにいちゃん、ばかじゃない」
「いいや。おれはばかだ、ばかなんだ」
 じしんをもっていいました。
「そんなことない。おにいちゃん、すごくかっこよかった」
「そうか? がははは」
 おにいちゃんは、血をながしながら、うれしそうにわらいました。もう、すぐちょうしにのるんだから。
        ※
「ばか!」
 おうちにかえると、おかあさんのげんこつが、おにいちゃんをまちうけていました。おかあさんは、チカンじけんのことをきくと、すごくおこりました。
「……だって、おれとおとうさんがこいつをたすけてやったんだよ」
 口をとんがらせていいました。でも、おかあさんは、目を三角にしたままです。
「さ、べんきょうべんきょう」
 おにいちゃんは、さっとじぶんのへやににげこんでしまいました。
「おれもべんきょうでもするかな……」
 おとうさんもうまくにげようとしましたが、おかあさんに耳をひっぱられました。
「もし、道子になにかあったら、あんた、ただじゃおかないわよ」
 おかあさんが、わたしをだきしめました。
「……」
 おかあさんのまえでは、おとうさんもシュンとして、なにもいいかえせません。家では、おかあさんがチャンピオンなのですから。
「ゴミ、だしときなさい」
 おとうさんは、すごすごとゴミをだしにいきました。
「すこしはんせいしてくるといいわ」
 おかあさんがげんかんのドアをバシンとしめて、カギをかけました。
 ……
 わたしは、カギをあけておいてあげました。

 けんいちにいちゃんは、二、三日は、はんせいしていたみたいです。
 でも、おにいちゃんがいてよかったとおもったのは、月曜日まででした。
 火曜日、やっとおにいちゃんのふくめんをぬいおわったので、かえしてあげようとおもっていたときです。
「道子、道子!」
 おにいちゃんが、わたしのへやにすごいいきおいでかけこんできて、手をあわせてこういいました。
「道子。男のたのみだ。おまえ、もういちd、家出して、あの公園でチカンにおそわれてくれ。こんどこそ、このタイガー・けんいちが、正義のジャーマンでたすけてやる」
 へやのそとにおとうさんがたっていました。
そして、こういいました。
「けんいち、よくぞ、いった。それでこそ、男のロマンだ」

 ……やっぱり男って、どうしようもないばかです。やばんです。まともではありません。
 火曜の八時になるとまたおにいちゃんは、くるいだします。

              《試合終了》
posted by ソフィア英語教室 at 12:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 中学部

マコトくん、超ピンチ

これも、学研の学習という雑誌に載った作品ですが、発表年月日は不明です。まあまあ、気に入っている作品です。天狗裁きが元になっています。
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第4話
 マコトくん、超ピンチ

 魔の四年四組で、いちばんねぼすけといったら、なんといっても清水マコトくんです。三日に一日は学校にちこく、授業中だって、しょっちゅういねむり――。もし、校内ねぼすけコンテストなんていうものがあったら、まちがいなくチャンピオンです。たかがいねむりくらいと言うかも知れません。でも、いねむりであんなにひどい目にあったのは、世の中にマコトくんしかいないでしょう。
 もう少しで、夏休みがはじまるという、7月のある暑い日のことでした――。ま、とにかく、本人の話を聞いてみましょう。

      ■1■

「……まこと。まこと」
 遠いところで、だれかが、ぼくをよんでいる。だれだ、暗くてなにも見えない。ここは、どこだ……。
 ――そうか、ぼくはねむっているんだ。今、何時だろう、とおもって、
「……か、かあちゃん」
と、いったとたんに、わっと笑い声がはじけた。
「清水マコトくん!」
 おかあさんの声ではない。
 ……や、やばい。し、しまった!
と、ゆっくり目をあけたときには、もうおそかった。
 目のまえに女の人がいた。女の人、いや、4年4組、ぼくたちの担任のマチコ先生だ。そして、もちろん、ここは教室――。
「お、おはようございます」
 ぼくは、あわてて立ちあがった。
「あいさつはいいから、ヨダレをふきなさい」「は、はい」
 おもわず、ほおに手をあてた。もう最悪。みんなが、また大わらい。となりの席のどじ博子がきたないといってのけぞった。生島のやつなんか、腹をかかえてわらっている。あとでおぼえてろ。
 わらいがおさまってから、先生は、にこりとして、やさしい口調でこういった。
「わるかったわね、せっかくいいきもちで眠っていたところをおこしちゃって」
「――いえ、とんでもない」
「それにしても――」
 そこで先生は、ぼくの机をどんとたたいた。「いいどきょうしてるじゃないの」
「そ、そんな――」
「授業にきょうみがないんだったら、眠ってていいわよ」
 マチコ先生はことばをきって、こういった。「――眠っててもいいけど、寝るまえに、せめて、おやすみなさいくらいは、言ってほしいわ」
 もし、ほんとうにそんなことをしたらおこるくせに。
「きのう、ねるのがおそかったから、それで、ちょっと――」
 頭をかきながら、そういうと、先生は、本当にびっくりしたような顔をして、
「あら、あなた、家でもねるの?」
 また、みんなが大爆笑。
「どうせ、ファミコンでもやってたんでしょ」 するどい。じつは、きのうの夜、というよりも今朝三時までファミコンをしていた。「まったく――、遅刻はするわ」
「……」
「居眠りはするわ」
「……」
「どうして、うちのクラスって、こんなに問題児がおおいわけ?」
 先生の口ぐせだ。
「授業中、いねむりしていたバツとして――」 ほら、きた。そうくるとおもったんだ。このまえ、授業中さわいでいたときは、バツとして、運動場を三周走らされた。今日は、なんだろう。まさか、十周なんて――。
 でも、バツというのは、よそうしていたどれともちがっていた。先生は、ぐっと体をのりだしてきてこういった。
「ずいぶんとおもしろそうな夢、みてたじゃないの?」
「ゆ、ゆめ?」
 なんのことだかわからなかった。マンガだったら、目が点になるところだ。
「ちょっとここで、清水くんにいまどんな夢をみていたか、発表してもらいましょう。はい、はくしゅ」
 マチコ先生が拍手をすると、みんなもつられて拍手をした。
「さ、どうぞ」
「ゆ、夢なんか、みてません」
 ぼくが、あわてて、そういうと、
「うそいってもだめよ」
 先生は、そくざにそう決めつけた。
「ほんとです。夢なんかみてません」
「いいえ。夢を見ていたことにまちがいありません。なんだか、ニヤニヤしたり、かとおもえば、こわそうな顔をしたり」
 みんなが、ますますきょうみをもってしまったらしい。
「まさか、へんな夢、みてたじゃないでしょうね?」
 先生は、ぼくのむねをひじでつっついてそういった。
「そ、そんな、まさか」
 女子たちが、くすくすとわらった。いったい、どんな夢をみたというんだ。へんなそうぞうはやめてもらいたい。
「どうなの、まだしらをきるつもり?」
「夢なんか見てません」
「そんなはずはありません!」
「ほんとに、夢なんか見てないんです」
「まああ――、なんて強情なんでしょう」
 先生は、にくにくしげにぼくを見た。それでも、だまっていると、うでをくんで、
「言わないところをみると、よっぽどおもしろい夢をみてたにちがいないわ。先生、ますますその夢のはなしをききたくなりました」 この先生、がんこで、いちどいいだしたらきかない。こまった、ほんとうにこまった。 そのとき、5時間目終了のチャイムがなった。今日は水曜日。授業はこれでおわりだ。――たすかった。
とおもったけど、そうじゃなかった。
「清水くんは、放課後のこりなさい。どんな夢みたかいうまで、今日はかえしませんからね」
 マチコ先生は、くやしそうにそういって出ていった。

      ■2■

 先生が出て行くと、さっそく生島たちが机のまわりにあつまってきた。
「夢なんか、見てないからな」
 どうせ、いうことはわかっているので、そういうと、
「わかってるよ。見てない、見てないよな」 生島は全く信用してない口ぶりだった。女子たちも、なんだかきょうみしんしんでようすをうかがっている。
「ちょっと」
といって、生島が手まねきをした。
「なんだよ」
「いいから」          
 教室のかたすみにいくと、
「まあまあ。ひとにいえないような夢、みることだってあるよな」
 生島は、にたにたしてそういった。
「もし、見てたら話してやるよ。ほんとうに見てないんだから、しょうがないだろ」
というと、生島はむっとして、
「――おまえ、おれたちの友情をうらぎるつもりじゃないだろうな?」
「だから、夢なんか――」
「親友にもいえないっていうのか?」
「見てないっていったら、見てないんだ」
というと、生島は大げさにためいきをついて、「――おまえをみそこなったよ」
「かってにみそこなってろ」
 ばからしくなって、ためいきが出た。
「だいたい、みてないものをどうやっていうんだよ」
「じゃ、なんでニタニタしてたんだよ」
「そんなこと知るか!」
 そうだ。どうして、そんなつまらないことをききたがるんだ。マチコ先生もこいつらも、今日のあつさのせいで頭がおかしくなったんじゃないだろうか。
「だいたい、ひとがどんな夢をみたっていいだろ」
 そういうと、生島は目のいろをかえて、
「あっ、さては、やっぱりみたんだな。はくじょうしろ!」
 いきなりヘッドロックをかけてきた。
「さ、言え、いうんだ!」
「し、死んでも言うもんか」
「や、やっぱり! そんなおもしろい夢をみたんだな」
 こんなばかになにをいってもむだだ。ぼくは、生島をつきはなして、
「もう、頭にきた」
「や、やるか」
「よおし、やってやる」
 生島には、いままでけんかでかったこともないが、まけたこともない。きょうこそはとおもって、ぼくは、みがまえた。
 そのとき――、
「あんたたち、やめなさいよ!」
と、すごいはくりょくでさけんだのは、島中瞳だった。
「ほんとに、ばかみたい。なによ、マコトくんがどんな夢みたって、そんなこと、あんたたちにかんけいないじゃない。――それとも、また私と決闘でもするつもり?」
 瞳がそういって、指をぼきぼきとならすと生島がたじろいだ。
 瞳とは家も近所でおさななじみだ。とにかく、気の強いというかキョーボーなやつで、ぼくだけじゃなくて、クラスの男子は、だれも、こいつには、口では、いや、力でもかなわない。
「行きましょ、マコトくん」
「――ど、どこへ?」
「そうじにきまってるでしょ」
 瞳とは同じ班で、校長室のそうじ当番になっている。
「ん、んん」
 しかたがない。ちょっとかっこわるかったけど、瞳についていった。
「お、おまえ、ひとりでききだすつもりだな」 生島がくやしそうに瞳の背中にいった。
      ■3■

 校長室のそうじは、うちの班がとうばんになっている。そうじがおわってから、瞳の命令で、高田と河野がごみを捨てにいった。
「ね、マコトくん」
 校長室のすみにかざってある日本刀をゆびさして、
「これって、ほんとに切れるのかな?」
 瞳がいった。うちの学校の校長先生は剣道5段で、町の道場でおしえている。
「あたしも、剣道、ならってみようかな――。一度でいいから、人を切ってみたかったんだ」
 瞳がぶっそうなことをいいだした。じょうだんじゃない。これ以上つよくなってどうするつもりだ、とおもったけどいわなかった。 剣道といえば、つい三日まえ、校長先生が学校にはいったドロボウをみごとやっつけるという事件があった。新聞にものった。今日も、週刊誌の取材が来るとか、だれかがいっていた。
「ね、マコトくん」
 とつぜん、瞳がいった。   
「あたし、口がかたいの」
「…………」
 はじめなんのことだかわからなかった。
「あたしにだったら、教えてくれるでしょ」「――な、なにを」
 ま、まさか瞳までが、マチコ先生や生島とおなじことをいいだすんじゃないだろうな、とおもって、ぼくは、こわごわきいた。
「どんな夢みてたの?」
 瞳は、にかっとわらった。
「……!」
 やっぱり――。ぼくが、むっとすると、
「いえないっていうの」          瞳が一歩つめよってきた。
「いえるもいえないも、みてないものをはなせるわけないだろ」
「だって、マコトくんがエッチな夢みてたって、マチコ先生がいってたわ」
「そ、そんな夢なんか見てないよ」
「じゃ、どんな夢みたの?」
「だから――」
「話せるはずだわ、へんな夢をみてないなら」「あのね――」
「どうして、おしえてくれないの?」
「…………」
「やっぱり、いやらしい夢、見てたのね!」「そ、そんなばかな」
というと、瞳は、くちびるをかみしめて、こんなことをいいだした。
「マコトくんたら、ひどい! あたしのこと、好きだって言ったのに!」
「そ、そんなこと、いついった」
 びっくりして、そういうと、
「いったわよ、幼稚園のとき!」
「幼稚園のとき――」
「そうよ。結婚の約束までしたじゃない」
 瞳が一歩ちかづいてきた。
「そんなときのことなんか、おぼえてるか」 ぼくも一歩あとずさった。
「……ひ、ひどい。マコトくんが、そんなはくじょうな人だなんておもわなかったわ」  瞳は、ますますつめよってきた。と、そのとき、ドアがあいた。
「まちなさい!」
 たすかった、――と思った。でも、そうではなかったのだ。ふりむくと、そこにあの竜造寺綾子が立っていた。
「清水くん。その子にほんとうのこといってあげたらどうかしら?」
 なんのことだかわからなかったけど、とにかく、まずいことになった。この2人のなかのわるいことは、うちの学校でも有名だ。
「ほんとうのことってなんなのよ」
 瞳がつっかかるようにいった。
「大口さんにききましたわ」
「博子がなにをいったっていうのよ?」
 そうだ、どじ博子がなにをいったっていうんだ。
「いねむりをしていたとき、清水くん、ねごとで、あたしの名前をつぶやいたんですってね」
 綾子は、そういって、にっこりわらって、「清水くん。あたしの夢をみてたんでしょ」「えっ!」
 びっくりして、おもわずさけんでしまった。「な、なんですって!」
 瞳が目をつりあげてにらんでいた。
「マコトくん。それ、ほんとなの!」
「ま、まさか――」
 かぶりふって否定した。だけど、竜造寺綾子は、うなずいて、
「いいんです、かくさなくても。でも、そんなこと、みんなの前でいえないですわよね」 瞳は、それをきくと、
「マコトくん。はっきりして。ちがうわよね、ちがうわよね。こんなやつの夢なんか見てないわよね」
 見てないわよね、見てないわよね、といいながら首をしめた。ぼくは、見てない、見てないと首をふりながら、うなずいた。
「く、くるしい」
 す、すごい力だ。
「やめなさい。清水くんが、かわいそうでしょ」
と、綾子が瞳をひきはなしてくれなかったら、殺されていたかもしれない。
「なにすんのよ」
と、瞳が綾子を押す。こんどは、綾子が押し返す。瞳は、バランスをくずして、机のかどにあたまをぶつけた。
「――よ、よくも、やったわね」
 立ち上がった瞳のいかりのぎょうそうは、すごかった。ま、まずい。瞳がおこったらなにをするかわからない。
「こうなったら、ばらしてやるわ。あんたのこと、なにもかもばらしてやるわ」
 瞳は、竜造寺綾子をゆびさして、いっきにまくしたてた。
「こ、この子、でべそなのよ! あたし、知ってるんだからね。あんたが、一年のとき、家の風呂がこわれたからって、うちの風呂にきたとき、はっきり見たんだからね」
「……」
 竜造寺綾子の顔色がかわっていた。
「なにもいいかえせないってことは、事実だとみとめたってことね」
 瞳はかちほこったようにいった。綾子は、こぶしをにぎった。そのこぶしがいかりのためにぶるぶるとふるえているのがわかった。「――よ、よくも、おっしゃいましたわね。風呂屋の娘!」
「な、なんですって。お父さんが大学の先生だとおもって、おじょうさんぶっちゃって」「なんですって――」
「なによ、いつもいつも、博子のこと、いじめて。もう今日こそはゆるさないからね」
 まずい、なんとかしなければ、とおもって、「やめろよ、二人とも」
 とめようとしたら、顔をまっかにした竜造寺綾子がぼくをおしのけた。
「あんたは、だまってなさい」
 ぼくは、そのまま校長室の壁にぶっとんでしまった。すごい力だった。
「なにすんのよ、あたしのマコトくんに!」 瞳が、綾子の前にたちふさがった。
「なにが、あたしのマコトくんですか!」
 綾子も、言い返す。
「なによ!」
「なんですか!」
「やるっていうの」
「あたし、もうゆるせません」
「あたしと決闘しようっていうのね?」
と、瞳が身がまえると、
「ぶ、ぶっ殺してやるう!」
 綾子は、そうさけぶと、瞳におそいかかった。

      ■4■

「つまり、そもそものげんいんは――」
 校長先生が大きなためいきをついた。
「きみが授業中にいねむりをしていた、と。そして、どんな夢を見ていたか、長谷川先生が知りたがり、そのつぎに友達が知りたがり、そして、この二人が知りたがって、けんかになった、そういうことだね」
 ぼくは、うなずいた。
「まったく――」
 校長先生は、あきれかえって瞳と竜造寺綾子を見た。ふたりとも、顔がみみずばれになっている。もし、校長先生が入ってこなかったら、きっとどちらかが大怪我をしていただろう。いや、もしかして死んでいたかもしれない。
 まったく、こんなことになるなんておもいもしなかった。すべてマチコ先生がわるいんだ。
「あたしには、知る権利があります」
 竜造寺綾子が、ぼくのことをにらんで、なきそうになりながらいった。
「あたしのこと、夢に見て、あたしになにをしようとしたのよ」
 いってることがめちゃくちゃだ。
「あんたの夢なんか、見るわけないわよ」
 瞳が負けずにいいかえした。
「なんですって」
「なによ!」
 またけんかになりそうだ。
「ばかをいいなさい。きみたちはどうかしているぞ。たかが、夢のはなしくらいで、まったくどうなってるんだ」
 校長先生は、ためいきをついて、
「ま、きょうのところは、このへんでいいだろう。さ、はやく帰りなさい」
 瞳と竜造寺綾子が校長室をでて、ぼくもでようとしたとき、
「ああ、きみきみ」
と、校長先生がこえをかけた。ぼくは、足をとめた。
「ま、ちょっとすわりなさい」
 目でソファをさししめした。ぼくが、すわると、校長先生は、葉巻に火をつけて、
「ばかな先生もいたものだ。だいたい女の先生というのは、つまらないことに興味をもちすぎる」
 ぼくはほっと安心して、うなずいた。
「生徒の夢の話をききたがるとは、まったくばからしい」
 もういちど大きくうなずいた。
「気にすることはない。長谷川先生には、あとできびしく注意をしておくから」
「は、はい」
「最近の若い教師はなっとらん。4組は問題児が多いときいておったが、あの先生が一番問題だ」
 やああい。おこられればいいんだ。
「安心しなさい、わたしは君が見た夢なんぞはききたくない」
「は、はい」
 さすが校長先生だ。
「生徒の見た夢をききたがるとは――」
 校長先生は、腕をくんで、鼻でふんとわらった。
「――」
「――」
 しばらく沈黙がつづいて、
「そんな夢は、聞きたくはないが――」
 そういうと、校長先生は、
「いちおう、さんこうのために、きみがどんな夢をみていたのか、言ってみなさい」
「こ、校長先生まで!」
 ぼくは、もう泣きたくなった。
「いっとくが、わたしは、興味本位できくのではない。校長というものは、学校で起こったことにすべてに責任がある。だから、きいておくんだ」
 いったい、いつまでこんなことがつづくんだ。
「これだけ、みんながさわぐんだ。きみが夢を見てないはずがない」
 校長先生は立ち上がって、ロッカーのかぎをを開けた。なにをするつもりだとおもって、ふりむいたら、わっ、校長先生の手には日本刀があった。
「さ、ほんとうのことをはなすのか、はなさないのか」
「先生。ほんとうに見てないんです、信じてください」
 ぼくは、泣きながらいった。でも――、
「わたしも、いそがしいんだ、もうじき週刊誌のしゅざいがある。さ、どんな夢をみたのか、話せるね?」
 そういうと、校長は、ぼくの目のまえに日本刀をつきつけた。
「言わぬというならば、切る」
 ことばづかいが、なんだか時代劇みたいになっている。
「きえええ!」
 ものすごい気合が校長室にこだました。ぼくは、それだけで、かなしばりにあったようになって、おもわず、
「い、いいます!」
と、いってしまった。
「やはりそうか。夢をみたことは、みとめるんだな?」
「み、みとめます」
「見たんだな」
「み、見ました、見ました」
「じゃ、話してくれるね」
 ぼくは、うなずいた。もう、こうなったら、てきとうにつくり話をするしかない。
「そうか、そうか、やっぱりみたんだな」
 校長先生は、にこにこしてちかづいてきた。「で、どんな夢を」
「は、はい。あのお……」
 なんとか話をつくろうとおもったけど、とっさにでてこない。もともと見てないのだから、あたりまえだ。
「あのお、つまり、その……」
 こまった。
「まちなさい」
 校長先生は、そういうと、立ち上がってドアにちかづいていった。そして、そっとノブを手にすると、内がわにひいた。
「わ、わっ!」
「お、おすな、おすな!」
「きゃあ」
「いてててて」
 どっとなだれこんできたのは、マチコ先生、瞳、生島、竜造寺綾子、どじ博子、掘田、悪魔和子――、もちろん、保健の丸山先生もいた。
「おい。校長の取材はあとまわしだ、こっちのほうがおもしろいぞ」
という声がしたかと思うと、部屋のなかにカメラのフラッシュがひかった。知らないおじさんが二人いた。校長先生のことを取材にきた記者だ。そのふたりが、前にたって、
「きみが清水くんだね。ね、ね、どんな夢、見てたの?」
と、ぼくにマイクをつきつけた。
 今だ!
 ぼくは、おもいっきり走り出した。
「に、にげたぞ。つかまえろ!」
 うしろで声がした。みんなが、おいかけてくる。つかまってたまるか。事務室の角をまがって、会議室の前をぬけて、職員室の前をつっきって走った。
「ま、まて!」
「にがすな!」
 ぼくはひっしに走った。昇降口をとおりぬけて、正門を出たとき、校内放送がきこえた。「緊急連絡をお知らせします。――現在、学校内に潜伏中の清水マコトを見つけしだい、生け捕りにしてください。……くりかえします――」
 その声を背中でききながら、ぼくはひたすら走った。まったく、なんてことになってしまったんだ。

      ■5■

「…………」
 後ろをふりかえってみた。だいじょうぶ、だれもいない。もうここまで来れば安心だ。 それにしても、どうして、こんなことになったのだろう。
 そもそもの発端は、マチコ先生だ。そして、生島、瞳、竜造寺綾子、校長先生、週刊誌の記者――。みんな、どうして、あんなに、見てもいない夢の話を知りたがるのだろう? ――も、もしかして、
 そうだ。これはいたずらじゃないだろうか。授業中、ぼくがいねむりをするものだから、マチコ先生がこらしめようと思って……。もちろん、瞳も校長先生もあの記者たちもみんなぐるなんだ。あのマチコ先生なら、やりかねない。いや、でも、あの校内放送は――、あそこまでいたずらでやるだろうか。
 ぼくは、そんなことをかんがえながら、道をとぼとぼと歩いていた。遠回りしたので、だいぶ時間がかかってしまった。でも、もう少しで家だ。
 まあ、とにかく、家に帰って一眠りしよう。そうおもって、タバコ屋さんの角をまがった。
「…………」
 目の前の情景が信じられなかった。
 家の前には車が何台もとまっていた。テレビ局の車だ。そして、そのまわりには、テレビ局の人たちがいっぱいあつまっていた。三十人はいる。なにか事件でも起こったのだろうかと思ったが、そうではない。みんな、ぼくのためにやってきたんだ。
「…………」
 おそろしくなって、ゆっくりにげようとしたその時、声がした。
「あっ、いたぞ。それ、つかまえろ!」
 し、しまった。見つかってしまった。テレビ局のレポーターらしい男がマイクをもっておいかけてきた。その後ろには、校長先生もマチコ先生も瞳もいる。     
「わ、わっ!」
 ぼくは、反射的に走り出した。この辺の道はこっちのほうがよく知っている。ぼくは、迷路のようになった路地を通り抜けた。ふりかえらずに、ひたすら走った。
 やっと大通りが見えてきた。もう心臓が口からとびだしそうだ。苦しかった。だけど、もう少しだ。あそこをわたれば、逃げ切れるかもしれない。でも、ぼくがわたろうとした、ちょうどその時、交差点の信号が赤にかわってしまった。車がびゅんびゅん走りだした。これじゃ、とてもわたれない。
「いたぞ!」
 うしろで声がした。ふりかえると、校長先生を先頭に何十人という人がせまってくる。もうだめだ、これ以上は走れない。そう思ったとき、目の前で、キイイイイという音がして大きな外車がとまった。
「た、たすけてください」
と、ぼくは、車にすがりついた。
「さ、のって!」
 ドアがあいて中から女の人が、ぼくの体を車のなかにひっぱりこんだ。ふりむくと、校長先生がすぐそこまできていた。
「さ、とばすから、シートベルトをしめて」「は、はい」
 なにがなんだか、わからないまま、ぼくは、助手席のシートベルトをしめた。とたんに、車はすごいスピードで走り出した。テレビ局のワゴン車がおいかけてくるのだ。でも、外車にかなうはずがない。しばらくしてから、女の人がうしろをむいて、
「やっと、まいたみたいね」
といって、いきをついた。
 車の中はクーラーがきいていて、気持ちがよかった。ふかふかのシートにもたれていると、やっと落ちついてきた。それにしても、これから、どうしたらいいのだろう。あのようすでは、家にも帰れない。
「いったいどうしたっていうの。なんかわるいことでもしたの?」
「……いや、べつに」
 とても説明できない。こんなこと、話しても信じてはくれないだろう。
「ま、いいわ。そのへんでおろしてあげるから」
といって、女のひとがテレビのスイッチをいれた。
「今日は朝からのあつさで、お昼には今年最高の三八度をこえました。あすも、今日以上のあつさになるでしょう。――それでは、ここで、臨時ニュースをお伝えします」
 な、なんだろ――。
「本日、立石市の立石小学校で、生徒が夢のはなしをしないというので、校長が日本刀をふりまわすという、前代未聞の事件がおこりました」
 画面に、ぼくの顔写真が大きく映しだされた。アナウンサーはつづけて、
「4年生の清水マコトくんが、授業中いねむりをしていてみていた夢のはなしを、担任の長谷川教諭が聞きたがり、そして、クラスメートが聞きたがり、校長先生が聞きたがり、ついには、学校中が大さわぎになってしまいました。それでは、現場から中継がはいっていますので、現場で取材中の安藤さん――」  テレビの画面が現場にきりかわった。レポーターの女の人が、
「はいはい、安藤です。今、わたしは清水マコトくんの家の前にいます。マコトくんのお母さんに来てもらっていますので、お話をうかがってみたいと思います」
 そういって、母さんにマイクをむけた。母さんは、かなり化粧していた。
「マコト。でてきなさい。出てきて、みなさんになにもかもお話ししなさい。マコト、きいてるの。ママは――」
 なおも、マイクにむかって、しゃべり続けようとする、母さんからマイクをひきはなして、レポーターは、
「現在、マコトくんは、謎の女性の車にのせられて逃走中です。マコトくんの見た夢の内容は、まだ明らかにされてはおりませんが、わかりしだいおつたえします。それでは、スタジオにおかえしします」 
 また、画面がかわった。
「安藤さん、ありがとうございました。――なお、マコトくん関連のニュースは、この後、特別報道番組《マコトくんのみた夢はこれだ!》でお送りする予定です。それでは、次のニュースです。今日は、隅田川の花火大会で、約十万人の人出でにぎわっています――」 テレビが次のニュースを流している間も、ぼくはただぼんやりと画面を見ているだけだった。
 とつぜん、自動車電話がなった。女の人は、車をとめた。そして、受話器をとると、
「――はい。こちら0099。――例の少年はつかまえました。了解、ただちに本部にもどります」
 0099――? 例の少年――? 本部――? 本部って、なんなんだ――。この女の人が、なにものかはわからない。でも、ぼくのことを知っていて、車にのせたことはたしかだ。
「――――」
 知らない女の人は、ぼくを見てにやりとわらった。
「――だ、だましたな」
 逃げようとして、シートベルトをはずそうした。
「だめよ」
 女の人がそういうと、スイッチを押した。すると、シートベルトが、強くしまった。はずそうとしても、とてもはずせない。それどころか、ますます強くしまっていく。つづいて、またスイッチをおすと、なんと、車がゆっくりとうかびあがった。ま、まさか。と思ったけれども、車はたしかに空をとんでいた。「さ、これでもうにげられないわよ」
 女の人がふりむいて、
「で――、どんな夢、見てたの?」    というと、その口が耳もとまでさけていた。「た、たすけて、ください」
 でも、まったく動けない。もう、だめだ。「どんな夢をみたのかいうのよ」
 ぼくの首につめたい手がかかった。のがれようとしてもだめだった。なんて、つよいんだ。
「く、くるしい」
 しだいに、光がうしなわれていって、目のまえがまっ暗になった。
      ※
「……まこと。まこと」
 遠いところで、だれかがよんでいる。だれだ、暗くてなにも見えない。ここは、どこだ。――そうか、ぼくはねむっているんだ。
「……か、かあちゃん」
と、いったとたんに、わっと笑い声がはじけた。
「清水マコトくん!」
 おかあさんの声ではない。
 ……や、やばい。し、しまった!
と、ゆっくり目をあけたときには、もうおそかった。
 はっと、目をさますと、そこは教室だった。マチコ先生が目のまえにたっていて、こういった。
「ずいぶんとおもしろそうな夢、みてたようじゃないの? 授業中、いねむりしていたバツとして、ちょっとここで、清水くんにいまどんな夢をみていたか、みんなの前で発表してもらいましょう。はい、はくしゅ」
           (第4話 おわり)

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少年ガンマン リトル・キッド

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作品タイトル:「少年ガンマン リトル・キッド」
発表年月日:1994年7月10日
絵:吉見礼司
発表媒体:学習・科学 4年の読み物特集 上 西部劇物語 株式会社 学習研究社
枚数:28枚
粗筋:じゅうの名人、リトル・キッドに強敵があらわれた!
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 少年ガンマン リトル・キッド
森峰あきら
■1■
 むかし、むかし――、といっても、ほんの百年ほど前のことである。まだ、テレビもマンガもファミコンもなかったころの、アメリカの西部――。
 大平原はまるで草の生みのように続いていた。はるかかなたには、山やまが白い雪のぼうしをかぶっている。
 その大平原の中を馬に乗ったひとりの少年が、やってきた。ぼうしをかぶっているので、顔はわからないが、まだ子どもであることはまちがいない。旅をする者は多いが、しかし、子ども一人でというのはめずらしい。少年のこしにはガンベルトとけんじゅうが見える。
 旅をする者にとって、けんじゅうやライフルは必要だった。山ぞくやならず者、クマやコヨーテやオオカミなどの動物――、きけんはいたるところで待ちうけていた。
「…………」
 少年は、川のせせらぎの音を聞いて馬をとめた。少しおりると、小さな川が見える。暑かった。夏の太陽がぎらぎら照りつけて、体がとけそうだった。朝、いちばんにたってから、もう九時間も馬を走らせつづけている。少し水を浴びようと、少年は馬からおりてそのまま川の方へ歩いていった。
 水はどこまでもすんでいた。川はばは決して広くはないが、水の量はゆたかだった。
「…………」
 水の中になにか動くものが見えた。魚――、にしては大きい。なんだろ、と近づいてみると、なにかが岸に近づいてくる。そして、がばっと水がもりあがった。人だ、と気がついたときには、おそかった。そこに、少年と同じくらいの年の少女がいた。いっしゅん、ごく当たり前のように、少年とそのむすめは顔を合わせて立っていた。でも、それが長く続くはずはなかった。なぜなら、むすめははだかだったからで、次のしゅんかん、むすめはすごい悲鳴をあげて、しげみの中に飛びこんだ。どうしていいのかわからず、少年はその場に立ちつくしていた。しかし、なかなかむすめは出てこない。しかたない、このまま行ってしまおうとしたとき、
「待ちなさい」
と、声がして、しげみの中からさっきのむすめが出てきた。もちろん、今度は服を着ているが――。金ぱつのかみはまだぬれたまま、そのかみを黄色いリボンでたばねてポニーテイルにしていた。
「あ、あんた――、あたしのはだか、見たでしょ?」
と、まずむすめは言った。
「あんた、名前は?」
「キッド――、リトル・キッド」
と、キッドが名のると、
「――あたしは、美少女ガンファイター、インク・リボンよ」
と自分から名のった。
「あんた、年はいくつなの?」
「十だよ」
「まあ、ちびのくせにエッチなやつね、なんてませてるんだろ」
「だから、ちがうんだよ」
「あやしいもんだわ。いずれにしても、見たことはたしかでしょ?」
「そ、それはそうだけど――」
「どうやって、せきにんとってくれるのよ」
 リボンのまゆがつりあがった。
「どやってって言っても……」
「あんた、けんじゅうをつけてるわね」
「――」
「どう、あたしとうでだめしをしない?」
「い、いやだよ、女となんて」
「ま、まあ――」
 リボンが、一歩ふみ出した。
「な、なんだよ」
「女だってばかにする気ね――」
 ますますおこりだした。
「おいら、ちょっといそぐから――」
と、キッドが後ろを向いて行きかけると、
「待ちなさい」
と言ったかと思うと、リボンがさっとナイフを投げた。そのナイフがみごとキッドのぼうしをつらぬいて、後ろの木につきささった。すごいうでだ。
「さ、ぬきなさい。あたしと勝負よ」
 まさか、こんなことで命のやりとりをするわけにはいかない。
「それとも、なに、あんたがこしにつけているのは、オモチャのけんじゅうなの?」
と、リボンが一歩前に出たときである。
「きゃあああああ」
と、さっきよりもすごい悲鳴がわきおこった。見てみると、足下にへびがいた。リボンはそのまま気を失ってしまった。
 キッドは、そのすきににげていた。まったく――。それにしてもおそろしい女の子がいたものだ。

■2■
 町に着いたころには、もう西の空があかね色にそまっていた。
 キッドは、ホテルに部屋をとってから、町のようすを見物に出かけた。
 町といっても、あまり大きな町ではない。それでも、一週間ほど咲きにせまった<独立記念日>のじゅんびが始まっていた。パレードのためのかざりつけを作ったり、出し物の練習をしたりしていた。
 雑貨屋に入って、キッドは、買い物をすませた。お金をはらってから、店内を見ていると、おくの方から、にぎやかな声がした。
 酒場になっているらしい。
 よく、映がとかでは、そういった酒場には、ならず者たちがたむろしているが、そこも同じだった。
「なんですって、あたしがいつ、イカサマをしたっていうのよ?」
 女の声がした。なにかトラブルらしい。キッドは、ドアのすき間からのぞいてみた。
 三人のあらくれ者が見えた。三人とも、体格はそれぞれまったくちがうが、顔は気持ち悪いほどにていた。そして、もう一人、いっしょにテーブルを囲んでいるのは、なんとさっきのむすめ、リボンだった。
「さ――。負けた三十ドル、はらってもらおうじゃないのさ」
 いかにも悪党といった男たちに向かって、びくともしていない。
「金をはらう代わりに、このおれさまがデートをしてやるぜ」
と、ヒゲをしごきながら大男が言うと、
「あんたとデートするくらいなら、ブタとデートしたほうがよっぽど楽しいわ」
 リボンのほうも、負けてはいない。
「な、なんだと」
 三人が立ちあがって、リボンをとりかこんだ。
「悪いやつらに、つかまったもんだ。あいつらは、マルクス兄弟といって、手のつけられないらんぼう者さ」
 キッドのとなりでのぞいていた、店の店主が教えてくれた。
「大きいほうから順に、グルーチョとハーポとチコという名前さ――」
「保安官はいないの?」
「保安官がいる町は、何キロも先だ」
 だれもリボンのことを助けられないらしい。と、そのとき、はでにテーブルがひっくりかえって、ビンがわれる音がした。
「おれたちをなめるんじゃないぜ」
 三人の中では、いちばん大きいグルーチョという男が言った。
「そんなきたない顔、なめられるわけがないでしょ」
「な、なんだと――」
と、グルーチョが、手をのばして、リボンのおしりをさわろうとしたが、
「い、いえててて」
 リボンがその手をねじあげた。
「どう、まいった?」
と、リボンが手をはなすと、グルーチョはそのまま、
「わっ」
と、かべぎわに置いてあったピアノにつっこんでしまった。
「……」
「……」
 しばらくにらみあいが続いた。
「こ、っこのあまあ。よくも、マルクス兄弟にはじをかかせてくれたな。表に出ろ」
「……出たら、あんたたちがもっとはじをかくことになるわよ」
 リボンと三兄弟が外に出た。もちろん、物見高い連中もその後を追う。たちまち、町の広場には人だかりができた。
 いくらなんでも、ただの女の子と町のらんぼう者だ。勝てるわけがない。
 いよいよ決闘が始まった。町の人たちがかたずをのんで見守っている中、両者の間に、いたいほどのきんちょうがみなぎった。
「くっそー」
と、グルーチョがさけんで、けんじゅうに手をかけたとき、
「ん――?」
 一じんの風がふいて、リボンのスカートがめくれた。しかし。グルーチョが見たのは、そこまでだった。さっと、リボンが横にとぶと、その手からナイフが飛んで、グルーチョのうでにささっていたのだ。けんじゅうが落ちた。
「どう?」
 リボンは、手にナイフを持ちながら、近づいた。グルーチョはそのままかべに追いつめられる。
「くっそお」
「えい」
と、リボンの声がしたかと思うと、ナイフがグルーチョのまたのところに当たっていた。動くこともできない。続いてナイフは、うでの下に、そして、首の左右に、たちまち、人の型にできあがっていた。そして、最後のナイフがグルーチョのベルトに当たると、ズボンがずり落ちてしまった。中には、真っ赤なパンツをはいていたんで、見物人たちがどっと笑った。
「さあて――」
 リボンは、手の中でナイフをもてあそびながら、近づいた。
「か、かんべんしてくれ」
 グルーチョは半分べそをかいていた。
「で、あんたたちは、どうするの?」
とあとの二人につめよると、
「す、すみません」
と、三人ともがあやまった。
「か、金ははらうから、命だけは――」
 男たちは、ポケットから、あり金をすべて投げ出してから、
「お、おぼえてろ」
と、すてぜりふを残してにげていった。たちまち、かん声が起こった。
「魔法のようなナイフさばきだ」
「むねがすっとしたわ」
「あの連中のあわてた顔ったら――」
 町の人たちは、よっぽど、マルクス三兄弟をきらっていたらしい。
「ふっ――」
 リボンは、一つため息をつくと、
「ばかな男たち――」
と、こしをかがめた。お金といっしょに新聞の記事を切りぬいたものが落ちていた。おたずね者のリストだった。その中の一つを見て、リボンはにやりと笑って、
「百ドルか――。悪くないわね」
とつぶやいた。

■3■
 朝――。
 キッドは、目が覚めた。きのうの夜は、おそくまでやかましかった。町から悪党兄弟を追放できたので、リボンを囲んで、町の連中がさわいでいたらしい。夜おそくまでねむれなかった。が、それでも、その後はぐっそりねむれた。
「…………」
 なにかへんだった。キッドは、反射的にまくらもとに置いてあったけんじゅうに手をのばした。しかし、そこになにもなかった。それよりもおどろいたことに、のばした右手がなにかにつながれている。
「う、ううん」
 女の子の声がした。そのとき、初めてキッドは、ベッドのとなりにだれかがいることに気がついて、飛び起きた。
 ベッドのシーツをめくってみる。と、そこに、女の子――まちがいない、リボンだ――がねむっていた。
 だれだって、朝、起きて、となりに女の子がいたらびっくりするだろう。しかも、キッドの右手はリボンの左手と手じょうによってつながれている。
「…………」
 キッドは、右手を引っぱってみた。すると、リボンが、
「……もう、だめ。おなか、いっぱい」
 ねごとを言いながら、ゆっくりと目が開いた。
「……お、おはよ」
 空いている右手で目をこすりながら、リボンは、口ににぎりこぶしが入りそうな大きなあうびを一つした。そして、
「あっ、そうだ。思い出した!」
と言うと、キッドに向かって、にやりと笑って、
「びっくりしたでしょ? でも、もうにげられないわよ。――あんたが百ドルの賞金首、リトル・キッドだということはわかってるんだから」
 リボンは、新聞の記事をみせつけた。それには、二ヶ月前、起こった事件がのっていた。
 ――ある、おばあさんが悪い銀行家に借金をして、お金が返せないでこまっていた。返せなければ、農場を取り上げられる。そこへ、一夜の宿を求めてやってきたのがリトル・キッド。おばあさんの話を聞いて、キッドは、とめてくれたお礼にと言って、お金をわたした。そこまでなら、悪いことではないが、なんとキッドは、その銀行家が、おばあさんからお金を受けとった帰り道をおそって、お金を取りもどしたのだ。――と、そういう話がのっていた。
「ばかね、今どき、ロビン・フッド気取りなんてはやらないわよ」
 リボンがそう言って、高らかに笑った。
「――言っとくけど、この手じょうは最新式だから、どんなことをしてもむだよ」
 たしかに、これではにげようとしても、むりだった。
「さ、これから、あんたをタウンズの町まで連れていくわ。そうすれば、郡保安官に賞金をもらえるわ」
 リボンは、うれしそうに笑った。
 タウンズの町は山を一つこえたところだった。山道がけわしくなると、二人とも歩いて、馬を引いた。一時間ほど、登ってから、休むことになった。今朝、出発したタウンズの町が見下ろせる見晴らしのいい場所にキッドとリボンはこしをおろした。
「ね、キッド」
 リボンが言った。せなかとせなかをくっつけているので、おたがいの顔が見えない。
「あんたのこと、話して」
「話すって、なにを――」
「あんたのこと、例えば、パパとママはいるの?」
「――パパは、死んじゃったよ」
 キッドは、それから、しばらく自分のことを話した。話ながら、キッドは、そっと左手をのばした。なんとかして、リボンからけんじゅうをうばいとって、この手じょうをはずさせてにげなければ――。
 キッドは、リボンのガンベルトから、そっとけんじゅうをぬきとると、リボンのせなかにけんじゅうをつきつけた。
「さ、早くこの手じょうをはずすんだ。そうしないと――」
「どうするっていうのよ?」
「――どうするって、それは、つまり――」
 キッドがこまっていると、リボンがとつぜん笑いだした。
「あんたって、おばかさんね。このあたしが、そんなへまをすると思っているの?」
「ま、まさか――」
 キッドはけんじゅうを空に向けてうってみた。たまはぬかれていた。
「あたしを出しぬこうなんて、十年早いわ」
 リボンは、そう言って、ブーツの中からけんじゅうを取りだした。そして、キッドにじゅう口をつきつけて、
「今度、こんなことをしたら、命はないと思いなさい」
と、言ったそのときだった。じゅう声がした。しかも、それが、リボンとキッドのほんの一メートルほど上をかすめていった。
「わっ」
「きゃあ」
と、悲鳴をあげて、キッドは左に、リボンは右に――にげられるわけはなかった。二人は手が引っぱられて、したたかいたい思いをすることになった。それでも、なんか、二人は岩かげにかくれた。

■4■
 下の方のしげみがゆれた。
「がははははは」
と、出てきたのは、マルクス三兄弟。
「ねえちゃん、金もうけをひとりじめするってのはよくねえなあ」
「聞いたぜ。おたずね者なんだってな、そのガキは――」
「さ、そのガキをわたしてもらおうか――」
 三兄弟は、不敵なえみをうかべて坂を上ってきた。
「わたさないわよ。あたしの百ドル」
とリボンは、キッドをだきしめる。またじゅう声がして、今度は、リボンのぼうしうきとばした。
「リ、リボン。まずいよ、むこうはライフルだから、勝ち目はないよ」
「わかってるわよ」
「それよりも、とにかく、この手じょうを」
「――――」
 リボンは、うたがわしそうな目を向けて、
「にげるつもりじゃないでしょうね――」
「ばか。早くしないと、連中が来るよ」
「わ、わかったよ」
 キッドのはく力に負けて、リボンは、カギを出そうとしたが――、
「あ、あれ――。な、ないわ。カギがないわ。――あんた、ぬすんだわね」
「ぬすんだのなら、とっくににげてるよ」
「……じゃ、いったい」
 しかし、今はそんなことを言っている場合ではなかった。
「よおし、こうなったら――」
 キッドは、目の前の岩を力いっぱいおした。ぐらっと動いた。リボンが手を貸すと、岩はあっけなく、転がりだした。そして、いきおいがついて、下から登ってくるハーポに当たった。わああという悲鳴を残して、ハーポは転がりおちていった。
「よし、これで一丁上がり」
 とにかく、二人はそのまま走りだした。
 右側は大きく落ちこんで谷、左はきりたったがけになっている。しばらく、手に手を取って走っていくと、つり橋が見えてきた。
「より、あれをわたろう」
とキッドが言うと、
「い、いやよ」
 リボンの足がその場にこおりついたようになった。
「あ、あたし、高所恐怖症なのよ」
 リボンは顔を真っ青にして言った。
「ば、ばか、そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
「な、なによ。あたしに命令するつもり――。だめよ、行きたいんなら、一人で――」
 行くわけにはいかない。
「さ、来い」
 キッドは、リボンの手を引っぱって言った。
「い、いたい。放して。人殺し」
 つり橋は古いものらしく、かなりゆれた。はるか下には谷川が流れている。落ちたらひとたまりもないだろう。それでも、しかたなく、リボンはついてきた。
「あいつらがやってきたわ!」
 ふりかえると、グルーチョとチコがわたってくるところだった。
 とにかく、橋をわたりきった。リボンは、足がふるえるのか、そのまま、すわりこんでしまった。キッドが、リボンのけんじゅうを取ると、
「な、なにするつもりよ」
 リボンは、声をふるわせて言った。
「ま、見てて――」
と、キッドがにやりと笑って、けんじゅうをかまえてうった。グルーチョの足下に当たった。
「当たらないじゃないの。どうすんのよ」
「だまって」
 キッドは、もう一度、うった。すると、また、さっきと同じところに当たった、かと思うと、バキッと音がして、板が折れてしまった。体重があったのが、さいわいだった。グルーチョとチコの体は、そのまま、板をふみぬいて、
「わあああああ」
とはうか下の谷川に落ちてしまった。
「やったあ。すごい!」
とリボンが感激して、キッドにだきついて、キスをした。
「や、やめてくれよ」
と、言ったキッドだが、リボンはやめなかった。しかし、それと同時にリボンの右手がのびてキッドのけんじゅうをうばいおっていた。
「へへへへ」
 リボンがにやりと笑った。
「おいらのことを、やっぱり保安官につきだすつもりなの?」
「あんたに、一つ、いいことを教えてあげるわ。西部では人を信用しないこと。それが生きのびるこつよ。さ、郡保安官のところに行きましょ」
 リボンが言った。

■5■
 キッドは、汽車のまどからぼんやりと景色をながめていた。
 あれから、二日――。キッドは、さいばんを受けるために、さらに大きな町に連れていかれるとちゅうだった。両側には、保安官とその助手がつきそっている。二人とも、強そうな男たちで、とてもにげられそうになかった。
 リボンとは、タウンズの町で別れた。別れぎわ、リボンは、賞金の百ドルを手にして、「悪く思わないでね」
と言って、去っていった。
 たしかに、こんなことになったのはリボンのせいだ。しかし、リボンのことを考えると、なんだか、、心の中がちょっといたかった。
 そんなこをお考えていると、急に車内があわただしくなった。
「た、たいへんだ」
と、さわぎたてる声が聞こえる。続いて、列車が、すごい音をたててとまった。まどの外を見てみると、野牛のむれが線路をふさいでいる。その向こうには、何百、いや何千頭もの野牛が平原のはるかかなたまで続いていた。――それだけではなかった。
「たいへんだ。インディアンだ」
 平原の向こうから、馬に乗ったインディアンが三人、ライフルをうちながら、こちらにやってくる」
「くっそ」
 保安官が立ちあがった。
「おまえは、こいつを見張っててくれ」
 そう保安官助手に言いのこして、汽車の外に出た。
「にげようなんて思っちゃだめだぜ」
 助手がかっこうをつけて、けんじゅうを指でくるくる回した。が、けんじゅうはニ、三度回っただけで、ゆかに落ちてしまった。
「おっと、いけねえ」
と、ひろおうとして、けんじゅうに手をのばそうとしたが、それより前に、だれかの足がけんじゅうをふんでいた。見上げるばかりの大男――、しかもふくめんをしていた。
「なれないことはしないほうがよかったな」
 男が、そう言うと、
「悪く思わないでくれよ」
 いきなり男のこぶしが、保安官助手のはらにめりこんでいた。
「うっ――」
と、うめいて助手は、たおれた。
「また会ったな。ぼうや」
と、ふくめんを取った男は、なんとマルクスさん兄弟のグルーチョだった。
「わけは、後で話すから、とにかく、ここをにげるんだ」
 グルーチョが、そう言って、キッドを立たせた。列車の反対側に馬が待っていた。キッドは、その後ろにまたがった。みんな、インディアンたちのしゅうげきに気を取られて気がつかないようだった。
 馬をしばらく走らせてから、もうだいじょうぶというところまでやってきて、キッドはおろされた。そこに、さっきの三人のインディアンが待っていた。一人はハーポ、もう一人はチコ、そして、もう一人は――、
「リ、リボン!」
 リボンだった。リボンは、インディアンの変装を取ると、
「びっくりsた? そいつらは、あたしの子分になったのよ」
 長い金ぱつを黄色いリボンでたばねながらほほえんだ。
「でも、どうして、おいらのことを助けてくれたんだ?」
 キッドが聞くと、
「――さあね」
と、リボンはあいまいに笑った。
「リボンの親分は、あんたのことを好きだからだよ」
と、グルーチョが言うと、
「ち、ちがうわよ。へんなこと言わないで」
 リボンは、顔を真っ赤にして言った。
「こ、このインク・リボンともあろうものが、
一セントにもならにあのに人助けをすると思ってたの? ――どうして、あんたを助けたかですって。そんなの、かんたんなことよ。考えてもごらんなさい。これであんたの首にかかる賞金はもっとふえるわ。あたしの計算では5百ドルはかたいわね。そうなったら、またあんたを郡保安官のところにつき出してやるのよ。そして、賞金をもらってやるわ。だから、キッド、あんたのこと、にがさないわよ。どおまでもついていってやるんだから――」
 その言いわけのしかたが、いかにもリボンらしかった。
 キッドは、大きくのびをして、空を見上げた。にじがかかっている。そのにじの向こうには、自由の天地が広がっていた。
<終り>
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北の鬼ののろい

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作品タイトル:「北の鬼ののろい」
発表年月日:2000年6月10日 
絵:佐野真隆 
発表媒体:4年の読み物特集号 上 特集 ひらめき!きらめき!たんていものがたりC 株式会社 学習研究社
枚数:12枚
粗筋:ぼくの父さんは、オニ刑事ブンタ。ある日父さんから、漢字だけで書かれた紙を見せられた。それは、どうやら事件をとくかぎらしいんだ。
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これがわかれば名探偵 
『北の鬼ののろい』  

■ ステージ1■
夏休みになってすぐのことだった。
「マコト、おまえ、これ、わかるか?」 
 そういって、父さんが、ぼくに、その紙を見せた。今朝から、ずっとそれとにらめっこしていたんだけど、いったいなんだろう。
 父さんは、刑事。オニのブンタというあだなでおそれられているらしい。でも、家では、ごくふつうの父さんだ。
「なに、これ?」
 見ると、そこには、手書きで、こんなふうに書かれていた。 

北鬼呪札仇紅盗、
材移心数人六協、
宝今弐宝凶夙

 なんなんだ、これは――。
 ぼくは、しばらくその漢字とにらめっこをしていた。でも、まったくなんのことやらわからなかった。中には、まだ習っていない漢字もあるし――。じまんじゃないけど、ぼくは、漢字が大の苦手なんだ。
「北の鬼ののろい――、これ、なんなの?」
 呪文かお経のようなものかな、と思った。
「今、取り組んでる事件だ」
 ふだんは、仕事の話はしてくれないのに、いったいどうしたんだろう。めずらしいこともあるもんだ。
「へええ、どんな?」
「この前、銀座のT宝石店で、『アメリア姫の誓い』というダイヤがぬすまれたんだ」
 それなら、テレビのニュースでやってた。たしかぬすまれたのは、一億円のダイアモンドだったとか――。
「でも、犯人、つかまったんでしょ?」
「ん、小田という男なんだが、つかまったことはつかまったんだ。ところが、もっているはずのダイヤがないんだ。どこかにかくしたのはまちがいないんだが、がんこなやつで、口を割ろうとしない」
 で、いろいろ調べてみると、どうやらこの町のどこかにかくしたことがわかってきたらしい。所持品を調べてみると、たいしたものはでてこなかったけど、ただ、ハガキを一枚持っていて、その裏にこの暗号のようなもの、そして、表に宛先と宛名を書いたハガキがでてきたらしい。「おそらく、共犯者にダイヤのかくし場所を知らせるつもりだったんだろう。共犯者は、女で、まだつかまってないんだが」
「ふうん。じゃ、やっぱり暗号ってこと?」
「おそらく」
「暗号か――」
 ぼくは、推理小説が好きで、暗号ものならよんだことがある。たしか、ホームズも『踊る人形』で、暗号を解いたんだっけ。
「なあ」
 とうさんは、身をのりだしていった。
「おまえから、理花ちゃんに聞いてみてくれないか?」
 なるほど、それで、ぼくに事件のことをはなしたというわけか。
 理花ちゃんというのは、山田理花のことで、幼稚園のころからの友だちだ。三度の飯よりも事件が好きだという変わった女の子。以前、父さんが担当していた事件のなぞをみごとにといてしまったことがあるんだ。
 そうか、もしかして、理花ならわかるかもしれない。

■ステージ2■
 で、その次の日、ぼくは理花と駅前のハンバーガーショップでまちあわせた。
「え? あのダイヤが!」
 ぼくが、事件のことを話すと、理花が大きな声を出した。その声にびっくりしたのか、むかいの席にすわっていた女の人がふりむいて、ぼくたちのことを見た。このへんではあまり見かけない人だった。
「わかる?」
 ぼくは、その紙切れを理花にさしだした。
「ふーん」
「それって、もしかして、暗号だとおもうんだけど」
 山田理花は、名探偵ホームズよろしく、その暗号とにらめっこしながら、なにやらぶつぶついっている。
「面白そうな暗号ね。でも、そんなにむずかしいものじゃないはずよ」
 理花はそういったまま、ほんのしばらくだまっていた。そして、
「あら、おかしいわね、この漢字――」
「どうしたの?」
「ちょっとだまってて」
 眉間にしわをよせて、しきりにぶつぶついっていた。いくら、名探偵といえども、そうかんたんには解けないらしい。ぼくだって、一晩中考えてもわからなかったんだから。
 と――、理花は、ぱっと顔をかがやかせて、笑いだした。そして、
「ね、これから行ってみましょ」
 目をまんまるくしているぼくに、そういった。
「――行くってどこへ?」
「ここに書いてあるところへよ」
「えっ? もうわかったの?」
 そんなばかなと思って、聞き返すと、
「もちろん、こんなのかんたんじゃない。こんな簡単な暗号、幼稚園の子どもでも読めるわ」
 理花はけろりとした顔でこたえた。
「それで、なんて書いてあんの?」
「なぞときは後よ」
 本当はわかってないんじゃないだろうか、とぼくは思った。
「さ、とにかく行きましょ」 
 理花は、いすからたちあがって、さっさと店を出てしまった。
 外は、体がバターみたいにとけてしまうんじゃないかと思うくらい暑かった。商店街のアーケードをしばらく歩いた。
 と、ふとだれかに見れているような気がして、ふりかってみた。そこに、女の人が立っていた。でも、大きな帽子をかぶっているので、顔はわからない。ぼくのことに気がつくと、女の人は、きゅうにそっぽをむいた。さっき、店でふりむいた人によくにてたけど――。でも、ま、気のせいだろう、とぼくは思った。

――読者への挑戦状――
さて、ここまでで、暗号はとけるはずだ。どうか自分で解読してほしい。名探偵がいったとおり、本当にかんたんな暗号なのだから。

■ステージ3■
それから、3時間後、ぼくたちは、小田家の墓とかいたお墓の前に立っていた。ここは、氷室霊園という小高い岡の上にある墓地。
 ぼくたちのことを、カラスが見ている。まるで、かんしするように――。いくらまだ明るいといっても、ちょっとぶきみだった。
 ぼくは、なにがなんだかわからないまま。理花にいわれて、小田家の墓というのをさがした。広い墓地を端から端まで歩き回って、やっとのことで、見つけたときには、もう夕方になっていた。
「ごめんなさい」
と、理花はお墓の前で手を合わせると、墓石のうらにまわった。そこに、×印をした小石がおいてあった。理花はそれをどけると、なんと、お墓の土をほりはじめた。こんなところに、ダイヤモンドが埋められているっていうのか――。
 砂利をほっていくと、すぐに土があらわれた。そして、またしばらくほると、ジャジャーン、土の中から小さな布袋がでてきた。
「これね、ぬすまれた宝石は」
 本当のところ、ぼくは、そんなものが出てくるとは信じていなかった。それにしても、これが一億円だなんて――。
「わああ、きれい」
 理花は、それを太陽にあててみた。
「あんたと山分けしても、五千万か――」
 理花はそういってから、
「うそよ、冗談」
と、わらった。
 と、その時だった。後ろで人のけはいがした。ふりかえると、いつの間にか、そこに、さっきの女の人がたっていた。ぼくたちのことをつけていたんだ。
「だれ?」
「あんたたちにいう必要はないわ」
「――これをぬすんだやつの仲間ね?」
「ふん」
 女は、鼻をならすと、
「さ、いい子だから、それをわたしなさい」と、いいながらゆっくりと近づいてくる。ぼくたちは、あとずさった。でも、場所がわるかった。後ろが高い塀になっていて、逃げることができなかった。いつの間にか、ぼくたちはおいつめられていた。
「来ないで!」
 理花がさけんだ。そして、手にしていたものを女にむかって、
「こんなもの」
といって、なげつけた。それは、女の上をとんでいって、むこうの墓のほうに落ちた。
「な、なんてことを」
と、女がそれを探そうとふりかえったそのすきに、ぼくたちは走った。

■ステージ4■
「じゃ、これで一件落着ってことね」
 次の日、ぼくが理花の家に行って、あの女がたいほされたことを伝えると、理花はそういった。
 宝石はどうしたかって? だいじょうぶ、ダイヤは元の持ち主に返された。あの時、理花が投げたのはただの石だったんだ。
「ところでさ、どうやって、あの暗号を解読したの?」
 かんじんのことをきいてみると、
「あら、まだわからなかったの?」
 理花は、目をまるくした。
「漢字、全部、調べたんだけど――」
「え、漢字って?」
「これ、漢字じゃないの?」
「あら、漢字だと思ってたの? だったら解けないわ」
 なんのことかさっぱりわからなかった。
「ヒントをあげる。この漢字にはある共通点があるの。それさえわかれば、解けると思うけど」
 共通点か。ぼくは、もう一度、あの暗号を見てみた。でも、やっぱりわからない。
「だって、この前、ならわなかった?」
「な、なにを?」
「カタカナは、漢字の一部または全部をとってできたって。たとえば、イは伊から、ロは呂から、ハは八から――」
「ならったような気もするけど」
「読んでみなさい。それぞれの漢字にふくまれているカタカナだけを」
「ええっと、北だからヒか、じゃ、ヒ、ム、ロ――」
 なるほど、そうだったのか。だから、幼稚園の子どもでも読めるっていってたわけだ。
「これは――心は?」
「それは、点が二つあるでしょ。だから、前のカナに濁点をつけるわけよ」
 すると、『ダ』ということになる。けっきょく、正解はこうなる。

ヒムロレイエン、
オダケノハカ、
ウラニウメタ

「あ、そうだ。父さん、なにか、お礼をしないといけないとかいってた。なにがいいか、きいといてくれって」
 ぼくが、父さんからの伝言をつたえると、
「お礼なんていいわ。でも――」
 名探偵は、そこで、間をおいてから、
「そのかわり、もっとむずかしい事件を、もってきて、と伝えておいて」
 そういって、大きなあくびをした。
                                             ≪材冥利≫

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たっくんマント・怪盗アッカンベーのまき

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作品タイトル:「たっくんマント・怪盗アッカンベーのまき」
発表年月日:1993年6月 
絵:武田美穂 
発表媒体:ポプラ社(こどもおはなしランド42)
枚数:37枚
粗筋: たっくんは、しりとりでヘンシンするヘンシンたぬきです。たとえば、ネコにヘンシンしたかったら、「1、2の3」で、とんぼがえりをして、いったん、きつねにヘンシンして、もいちど、「1、2の3」で、ネコにヘンシンします。
 それでは、ここでクイズです。
 ネコにヘンシンした、たっくんをもとのたぬきにもどしてあげてください。できたひとから、ぼうけんにしゅっぱつです。
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『たっくんマント・怪盗アッカンベーのまき』
             森峰あきら


    1 予告状
「ね、たっくん。きょう、宿題、出た?」
 学校からのかえりみち、うさぎのルナちゃんがいいました。
「出たけど、さんすうの宿題だからかんたん」と、こたえたのは、たぬきのたっくん。
「たっくん、すごい」
「へへえ。ルナちゃんの宿題もやったげるよ」
 いつもは、宿題ときいただけで、にげだしてしまうたっくんがそんなことをいうものですから、ルナちゃんはびっくり。
「――でも、さんすうはにがてだったんじゃない?」
「あのね、きょうからは、もうにがてじゃないんだ」
 へんなことをいいます。
「ルナちゃんにだけは、おしえてあげる。でも、ほかの人にはないしょだよ」
「いいけど……」
「あのね、宿題なんて、こうすればへっちゃら。――1、2の3」
で、たっくんが、くるっととんぼがえりをすると、たぬきから金庫にヘンシンしていました。そして、もういちど、
「1、2の3」
と、とんぼがえりをすると、コンピュータにヘンシン。
「ね。これなら、宿題なんか、あっという間に――」
 画面に、たっくんがあらわれて、そこまでいうと、ルナちゃんが、
「たっくん」
 こわい顔でにらんでいました。
「宿題はじぶんの力でやるものよ。ヘンシンのうりょくをわるいことにつかっちゃだめ」
 いつもおかあさんにいわれていることです。
 たっくんは、もとのたぬきにもどると、
「だって、ぼく、ルナちゃんみたいにあたま、よくないもん」 
 しょんぼりしていいました。
「たっくんは、いままで、やらなかっただけよ。やればできるわ」
「……」
「たっくんて、スポーツはできて、ハンサムで――。ね、あとは、すこし、おべんきょうすれば、かんぺきじゃない」
「――そ、そうかな」
「そうよ」
 ルナちゃんにいわれると、なんだかそんな気になってしまうから、ふしぎです。
「ルナが手つだってあげるから。ね、いっしょにやりましょ」
「――ん」
 たっくんは、うれしそうにうなずきました。
 そんなことを話しているうちに、小高いおかの上に、塔のようなたてものが見えてきました。ルナちゃんのおうちです。
 おうちについて、ゆうびんうけをのぞいてみると、はがきがきていました。
「だれからかしら――。ラブレターだったりして」
 うふふとわらって、はがきをよむルナちゃん。でも、なんだか、ようすがへんです。
「――ルナちゃん、どうかしたの?」
 しんぱいになってきくと、
「た、たっくん。たいへん!」
 ルナちゃんは、ふるえる手ではがきをさしだしました。そこには、下手な字でこんなことが……。
     予告状
 はいけい、ルナちゃん、
 こんや、7時、ぶたのちょきんばこの中のお金をいただきにまいります。

           怪盗アッカンベー
 
 さ、たいへんなことになりました。

    2 ひみつの地下金庫室  
 にんげんにだって、よい人もいれば、わるい人もいます。ヘンシンたぬきだっておなじです。たっくんのように(?)よいヘンシンたぬきもいれば、怪盗アッカンベーのような大あくとうもいます。おなじヘンシンたぬきでも大ちがい。ちがいといえば、ヘンシンのしかたもちがいます。たっくんは、とんぼが
えりをしてヘンシンしますが、アッカンベーは、その名のとおり、あっかんべーをしてヘンシンします。
 この大どろぼうが今までぬすんだものをかぞえあげればきりがありません。あの怪盗紳士ルパンや石川五右衛門も、アッカンベーにくらべれば、まるで子どもです。
 もちろん、世界中のけいさつも、名たんていも、怪盗をつかまえようとひっしです。でも、まだ、だれも正体を見たものはいません。
「こまったわ――」
 ルナちゃんが、ぶたのちょきんばこをだきしめていいました。 
 ここは、ルナちゃんのへやです。
 パパもママも、おしごとでおうちにはいません。でんわをしたのですが、どうしてもれんらくがつかないのです。
 こまりました。どうすればいいのでしょう。
 けいさつに行ってもむだです。
 この前、怪盗が、署長さんのあたまから、かみのけをぬすむという事件がありました。署長さんが、この世で一ばん大切にしていたさいごの一本のかみのけ――、それをまもるために、百人のおまわりさんがけいかいにあたったのですが……。
 こうなったら、ふたりでまもるしかありません。でも、なにしろ相手は怪盗アッカンベー。こんなところでは、いくら戸じまりをしても、すぐに入ってこられます。
「そ、そうだ」
 ルナちゃんが、なにか思いついたようです。
「ね、たっくん。金庫室があるわ」 
 地下にあるパパの金庫室のことです。
 前に、二人でかくれんぼをしたとき、ルナちゃんが、金庫室の中にかくれました。たっくんは、なんとか入ろうとして、きんこやぶりや、入り口や、水にヘンシンしたのですが、どうしてもだめでした。
 そうです。
 あそこならぜったいだいじょうぶ。
 ――そうときまると、二人は、エレベーターで地下3階までおりました。迷路のようにいりくんだろうかをたどっていくと、いちばんおくに金庫室があります。
 もちろん、入る前に体やふくになにかついてないかたしかめました。もしかして、怪盗が小さい虫にヘンシンしているかもしれないからです。
「開け、ゴマ」
と、ルナちゃんがいうと金庫室のドアがひらきました。このドアは、ルナちゃんがめいれいしないと、開かないしくみになっています。
 中は学校の教室くらいのひろさ。部屋のはんぶんほどは、本だながあって、ずらっと本がならんでいます。そして、もう半分は、机といす、それにテーブルとソファ――。
「閉じろ、ゴマ」
 ドアがしまりました。もう、これで、外からはだれもはいってくることはできません。
 たっくんは、ほっといきをついて、ソファにこしをおろすと、
「でもさ、ルナちゃん。アッカンベーって、ばかだね」
「どうして?」
「だって、こんな予告状をおくってきたら、ぼくたちが、けいかいするにきまってるのに」
 たっくんが、さっきの予告状をテーブルの上におきました。
「――そうじゃないと思うわ。よっぽど自信があるから、おくってきたのよ」
「そうかな……」 
「だって、怪盗は今まで一度もしっぱいしたことがないのよ。ルナ、なにかおそろしいことがおこるような気がするの」
 ルナちゃんの声がすこしふるえています。
「ぼくがいるからだいじょうぶだよ」
 たっくんが、自信たっぷりにいうと、おなかがぐぐうとなりました。 
「たっくんたら――」
 ルナちゃんが、くくくとわらって、出してくれたのは、大こうぶつのおまんじゅうです。
「いっただきまあす」
というと、一つ目のおまんじゅうがたっくんの口の中にきえていました。
 さ、予告の時こくまであと一時間――。怪盗は、ほんとうにやってくるのでしょうか。
                   
    3 怪盗あらわる
「このおまんじゅう、おいしいね」
 たっくんは、二十九こ目のおまんじゅうをほおばりながらいいました。
「たっくんて、くいしんぼ」
 ルナちゃんは、あきれてしまいました。三十こもあった、おまんじゅうが、いつのまにかあと一つしかのこっていません。
「だって、おいしいんだもん」
と、さいごのにかぶりつこうとすると、
「だめ。それ以上食べると、ますますふとっちゃうわよ」
「そうかな……」
「ぶたになっちゃうわ」
 たっくんは、ざんねんそうに、おまんじゅうをもどしました。
「それよりも、たっくん。あと、十分よ」
 ルナちゃんは、とけいを見ていいました。
「――ん」
 だいじょうぶだとわかっていても、やはりキンチョウします。しんとしずまりかえった金庫室の中にきこえるのは、時計の音だけ。
 あと、五分、あと四分、あと三分と、たっくんもルナちゃんも、目がいたくなるくらいとけいを見つめました。
「あと、一分――、59、58、57――」
 そして、ついに、時計が七時を打ちました。 ………… 
 でも、なにも起こりません。
「――ほらね、だいじょうぶだった」
 たっくんが、ほっといきをついて、
「だいたい、この金庫室にはいれるわけがな
いんだから」
と、いったそのときです。
「あっかんべー」
 どこからか、声がしました。怪盗がヘンシンするときの声です。つづいて、
「ホー、ホケキョ」
という、鳥のなきごえ――。
「たっくん。怪盗がいるわ!」
「ルナちゃん、気をつけて!」
 金庫室の中を見まわしました。怪盗はまちがいなくこの中にいます。でも、どこから声がするのかわかりません。
「あっかんべー」
という、声がもう一どしたかとおもうと、とつぜん、白いけむりがわきおこりました。
「たっくん!」
「ルナちゃん!」
 けむりは、みるみるひろがって、二人はじりじりと部屋のすみにおいつめられました。
「ガ、ガスマスクにヘンシンして」
 ルナちゃんが、せきこみながらさけびました。もう、一メートル先も見えません。
「わ、わかった。え、ええっと……」
 ガスマスクにヘンシンするには、まず「ガ」でおわるものにヘンシンしなければいけません。「き」ではじまって「ガ」でおわるも
のは――。たっくんは、かんがえました。でも、一回ではむりです。……しかたがありません。とにかく、なにか「き」ではじまるものにヘンシンすることにしました。
「きききき、きゅうり!」
 1、2の3で、きゅうりにヘンシン。こんどは、「り」ではじまって「ガ」でおわることば――。だめです。おもいうかびません。もういちどなにかにヘンシンしてからです。
「りりりり、りんごだ!」
 りんごにヘンシンして、白いけむりをすいこむと、なんだかきゅうにねむくなってきました。りんごからゴリラにヘンシンすると、もう、まぶたとまぶたがくっつきそうです。
「たっくん、ねむっちゃだめ」
「――ん、んん」
 たっくんは、力をふりしぼって、ゴリラからラジオにヘンシンしました。
「ええっと、つぎは、おおおお――」
 くっつきそうになるまぶたをこじあけて、かんがえました。でも、もうだめです。たっくんは、大きなあくびをひとつして、
「――おおおお、おやすみなさい」
と、そのままたおれこんでしまいました。
「ねむっちゃ、……」
 だめ、というまえに、ルナちゃんも――。
 二人がなかよくねむってしまってから、白いけむりがあっかんべーをしました。

    4 こわれたちょきんばこ
「…………マ、ママ」
 ルナちゃんは、ゆっくりと目をあけました。ここは、……金庫室、です。……ドアはしまったまま。………そのドアになにかかいてあります。
 ――たしかに金はいただいた。
        怪盗アッカンベー――
「そ、そうだ」
 ルナちゃんは、ぱっととび起きました。
 床になにかちらばっています。こなごなにわれたちょきんばこです。
「――せっかく、今までいっしょうけんめいにためたのに――」
 パパのかたたたきをしたり、にわのそうじをしたりしてためたお金です。ルナちゃんは、くやしくてなりません。
 と、そのとき、とつぜん、うしろからすごい音がしました。
「きゃあ!」
 びっくりしてふりかえると、そこにいたのは、ラジオ――にヘンシンしたたっくん。すごい音は、いびきです。
「起きて、ね。たっくん、起きて」
 ゆすっても、目をさましません。
「もお、たっくんたら――。そ、そうだ」
 いいことをおもいつきました。
「たっくん。きゅうしょくの時間よ」
 耳もとでそうささやくと、
「えっ。き、きゅうしょく!」
 ラジオは、がばっと起き上がりました。そのようすがおかしかったので、こんなときなのに、ルナちゃんはわらってしまいました。
「あ、あれえ。ルナちゃん、ここは――」
 あたりを見まわしています。
「たっくん。はやく、もとにもどって」
 ルナちゃんがいうと、1、2の3で、たっくんは、二回ヘンシンしてもとにもどりました。(ラジオ、おんながた、たぬき)
「ぼく、どうしてねむっちゃったんだろ?」
「ルナたち、すいみんガスでねむらされたの」
「すいみんガス、……そ、そうだ!」
 やっとおもいだしました。怪盗が予告どおりやってきたのです。ぜったい入れないと、ゆだんしていたのがいけなかったのです。
「――怪盗のやつ、ぜったいにゆるせない」
 たっくんは、予告状をにぎりしめてくやしがりました。それにしても、この金庫室に入るとは、なんてすごいやつでしょう。でも、そんなことよりも、なんとかして、ルナちゃんのお金をとりもどさないと――。
「ルナちゃん。ここでまってて。ぼくが、かならず、つかまえてくる」
 たっくんが、そういうと、
「ま、まって」
 ルナちゃんがとめました。
「どうしたの?」
「……おいかけても見つからないとおもう」
 たしかに、そうかもしれません。一時間もねむっていたのですから、もう、とっくに遠くまでにげてしまっているでしょう。
「でも、とにかく、ドアを開けて」
 外に出れば、なにか手がかりがみつかるかもしれません。
 ところが、ルナちゃんは首をよこにふって、
「……だめ」
 開けようとしません。
「どうして、どうしてだめなの?」
「たっくん。あわてないで。こんなときこそ、おちついてかんがえなきゃいけないわ」
「そんなことしてたら、にげてしまうよ」
 たっくんは、じれったくなりました。
「でも、おかしいと思わない?」
「――なにが?」
「だって、この金庫室は入ることも、出ることもできないはずなのよ。なのに、どうやって入ったのかしら?」
「それは……」
 たっくんは、わかりません。
「それに――」
 ルナちゃんは、かんがえながら、
「――入ったのは、たしかだけど、出たかどうかは、まだわからないでしょ。もしかしたら、この中にまだいて、出るすきをうかがっているかもしれないわ」
 たっくんは、びっくりして、部屋のなかを見まわしました。でも、もちろん、なにもあやしいものはありません。ちょきん箱がこわされてお金がなくなったことと、らくがきをのぞけば、金庫室の中はもとのままです。
「とにかく、怪盗がどうやって入ったか――、それがわかるまでは、開けちゃだめ」
 それだけいうと、ルナちゃんは、だまりこんでしまいました。

    5 推理
「よおし、こんなときは――」
 たっくんは、4回とんぼがえりをして名たんていにヘンシンしました。(たぬき、キリギリス、スイカ、カメ、名たんてい)
 いったい、アッカンベーは、どうやって入ったのでしょう。なにか、かならずほうほうがあるはずです。
「もしかして……」
 怪盗は、ルナちゃんにヘンシンしたのでは――。それなら、かんたんに入ることも、出ることもできます。
「でも……」
 だめです。ヘンシンたぬきは、ライオンとかペンギンとかカメレオンといった、さいごに「ん」のつくものにヘンシンしてしまうと、もとのたぬきにもどれくなってしまいます。怪盗がルナちゃんにヘンシンしたとは、かんがえられません。
 わかりません。どうかんがえても、この金庫室に入れるわけがないのです。
 こまりました。ほんとうにこまりました。名たんていにもとけない事件を、いったいだれがかいけつできるのでしょう。
――そういえば、ルナちゃんのすがたが見えません。さっき、ひとりで考えてみる、とおくのほうへ行ったのですが……。
「……ひとつめこぞう、……ほうれんそう、あおだいしょう……、コショウ」
 金庫室のおくのほうでルナちゃんの声がしました。行ったり来たりしながら、わけのわからないことをつぶやいています。
 名たんていから、たぬきにもどって、(名たんてい、いた、たぬき)たっくんが、
「ルナちゃん。わかった?」
と声をかけると、
「……だめ。一休みしてからかんがえましょ」
 ルナちゃんにも、まだわからないのです。
「ぼく、なんだか、お腹、へっちゃったよ」
 たっくんは、ソファにこしをおろしていいました。あたまをつかうと、すぐにおなかがへってしまうのです。
「ね、おまんじゅう、たべてもいい?」
 さっきのが一つのこっています。
「いいけど、――そんなにお腹にいれたら、パンクしちゃうわよ」
「だいじょうぶ。入れれば、あと二十こ、いや、三十こぐらいは入るもん」
 たっくんは、自信たっぷりにいいました。
「入れれば、はいるだなんて――」
 ちょっとわらって、そこまでいうと、ルナちゃんは、はっとして、きゅうにだまりこんでしまいました。
「ルナちゃん、ど、どうかしたの?」
「…………」
「ね、ルナちゃん」
「…………」
 はなしかけても、こたえてくれません。でも、たっくんがおまんじゅうを口にいれようとしたとき、とつぜん、
「わかった、――わかったわ!」
 ルナちゃんが、さけびました。    
「怪盗は、この部屋の中にいる、いるわ」
 たっくんは、びっくりして、部屋のなかを見まわしました。
「ルナたち、はじめから考え方がまちがってたんだわ。――つまり、たっくんがいったとおり、入れれば、はいるのよ」
「入れれば、はいる?」
「そう。はいったんじゃなくて、ルナたちが、アッカンベーを入れたの」
「まさか、そんな――」
「怪盗は、ルナたちがこの中にもちこんだものにヘンシンしてたの」
 もちこんだものといえば、テーブルの上においてあるものと、今、たっくんが手にしているおまんじゅうです。
「たっくん、まだわからない?」
 わかりません。このうちのいったいどれなのか、わかりません。
「「う」でおわるものよ。怪盗は、「う」でおわるものにヘンシンしてるの」
 もちこんだもので「う」でおわるもの――。――わ、わかった!」
 たっくんは、そうさけぶと、
「怪盗アッカンベー、かくご!」
と、手の中のおまんじゅうをかべになげつけました。
「た、たっくん!」
「ルナちゃん。あぶないから、さがって!」
 たっくんは、つぶれたおまんじゅうにとびかかっていきました。
「ち、ちがうの。おまんじゅうじゃないの」
「――えっ!」
 たっくんの目が点になりました。
 たしかにそうです。おまんじゅうになんかヘンシンしたら、いつたべられてしまうかわかりません。怪盗が、そんなあぶないことを
するでしょうか……。
「それじゃ、いったい――」
 なににヘンシンしているというのでしょう。
「怪盗アッカンベーは――」
 ルナちゃんが、そういって、
「――これよ!」
と、指さしたのは、――テーブルの上の予告状でした。

    6 怪盗アッカンベー
「――がはははは」
 しんとしずまりかえった金庫室の中に、ぶきみなわらい声が、わきおこりました。
「アッカンベー、正体をあらわしなさい!」
 ルナちゃんが、そういうと、予告状が、うしに、うしが舌に、――そして、舌があっかんべーをすると、
「なまいきなちびうさぎめ。よくも、三日もてつやしてかんがえたトリックを、見やぶってくれたな」
 そこにあらわれたのは、たっくんの三倍はあろうかとおもわれる大だぬき。ついに怪盗アッカンベーが正体をあらわしたのです。
 たっくんは、たぬき、騎士、しいたけ、刑事とヘンシンすると、
「怪盗アッカンベー、たいほする」
と、とびかかって、手錠をかけました。
「あっかんべー」
と、怪盗がヘンシンしたのは、きり。もちろん、手錠なんてききめがありません。
「あっかんべー」
 つづいて、きりが、りれきしょ、よっぱらい、インク、そして、人間の女の人にヘンシンです。
「よし、こんどこそ!」
と、たっくん刑事がとびかかると、
「わたし、きれい?」
 ふりかえったのは、なんと、口さけ女。
「ひ、ひえええ」
 たっくんは、びっくりしてこしをぬかしてしまいました。それをあざわらうかのように、
「あっかんべー」
 口さけ女が、なふだにヘンシンしました。
「ええい!」
と、とびかかったのは、ルナちゃんでした。
「たっくん、つかまえたわ」
というと、手のなかで、
「あっかんべー」
と、なふだがダイアモンドに、そして、――どくヘビにヘンシン。
「うごくな。ちょっとでもうごくと死ぬぞ」
 ルナちゃんはうごけません。
「……たっくん」
 どくヘビが、首にまきつきました。
「く、くるしい。たすけて」
 ルナちゃんの首をしめているのです。
「ルナちゃんをはなせ!」
 でも、これではたっくんも手をだせません。どくヘビは、かまくびをもちあげて、
「さ、ドアをあけてもらおうか」
 しかたありません。ルナちゃんは、ジュモンをとなえて、ドアをあけました。どくヘビは、ビキニに、そして、忍者にヘンシンして、
「さらばでござる」
 それだけいうと、消えてしまいました。
「ルナちゃん、だいじょうぶ?」
 たっくんが、かけよると、
「ん。だい、じょうぶ」
 ルナちゃんは、くるしそうにいいました。女の子をこんなひどい目にあわせるなんて、ぜったいに、ゆるせません。
「ここで待ってて。ぼくがきっととりかえしてくる」
 そういうと、たっくんは、マントをひるがえして走り出しました。

    7 たっくん、七変化
 外に出ました――。
 ニンジャが、山をかけおりて行きます。
「にがすもんか」
 たっくんは、三回とんぼがえりをしてパトカーにヘンシンしました。(刑事、ジュース、スリッパ、パトカー)
「そこのニンジャ、とまりなさい」
 サイレンをならしてついせきです。パトカーは、ぐんぐんと忍者においついていきます。でも、もうすこしというとき、
「あっかんべー」
と、忍者が、じゃ口からチータにヘンシンして、あっという間にパトカーをひきはなしてしまいました。すごいスピードです。このままでは、にげられてしまいます。でも、
「――そ、そうだ」
 たしか、この先はがけになっていたはず――。チャンスです。
 カーブをまがると、がけが見えてきました。でも、チータは、すこしもスピードをゆるめません。それどころか、そのままがけの上からジャンプして、空中で、
「あっかんべー」
とタカにヘンシンしてしまいました。
「し、しまった」
 にがすわけにはいきません。たっくんもパトカーにヘンシンしたまま、がけからとびだしました。そして、空中でパトカー、……カーペット、ええっとそれから、……トトト、トンビにヘンシン。
「ふ、ふう。うまくいった」
 トンビは、空高くまいあがって、タカをさがしました。どこへ行ったのでしょう。すがたが見えません。
 ――と、そのとき、とつぜん、
「そんなことで、おれさまにかなうものか」
 するどいツメをむきだしにして、タカがおそってきました。
 たっくんは、トンビからビフテキ、キジにヘンシンしました。でも、なにかもっとつよいものにヘンシンしないと――。
「ジジジジ――そうだ。1、2の3」
で、キジが、ジェットせんとう機にヘンシン。
「ひ、ひええ」
 タカがあわててにげていきます。
「にがすもんか」
 たっくんは、おいかけました。
「よおし、ミサイルでやっつけてやる」  
と、ねらいをさだめて、 
「――3、2、1」
で、ミサイルをはっしゃしようとした、そのときです。タカがあっかんべーをして、カミナリにヘンシンしました。
「わあああ!」
 カミナリがおちると、ジェットせんとう機は、もとのたぬきのたっくんにもどって、頭からまっさかさまについらくしはじめました。地面がせまってきます。でも、気をうしなっているので、なにもできません。
 おちたところは、野原のまん中――。大きな木がクッションになって、たっくんをうけとめてくれました。
 怪盗が、カミナリから、りゅうにヘンシンしておりてきました。口から火をふきながらせまってきます。たちまちあたりは火の海。
「あっ――」
と、たっくんが、気がついたときには、もう、りゅうが、そこにいました。
「さ、こんどこそ、カミナリのいりょくを思い知るがいい」
 りゅうが、うしに、そしてシカにヘンシンしました。シカからカミナリにヘンシンするつもりです。こんな近くから、カミナリがおちたらたまりません。
 たっくんが立ち上がって、木のうしろにとびこむと、地面がわれるような音がして木がまっ二つ。――あぶないところでした。
 たっくんは、キツネにヘンシンしてにげだしました。
「まて。まつんだ!」
 アッカンベーが、またりゅうにヘンシンして、空からおいかけてきます。このままでは、おいつかれてしまいます。
 キツネから、ネコ、そして、子馬にヘンシンして、たっくんは、野原をかけぬけました。しばらく走ると、野原がとつぜんおわって、谷になっていました。子馬のままでは下りることができません。
 たっくんは、マントヒヒにヘンシンして谷をおりました。そして、谷間の川を走って走って走りました。
「あっ」
 目のまえに、たきがドードーと音をたててながれています。
「がはははは」
 ふりむくと、りゅうが、もうそこまでせまっていました。うしろはたき、前にはりゅう、右と左はきりたったがけ。にげばがありません。おいつめられてしまったのです。
「さ、おにごっこはここまでだ」
といったかとおもうと、りゅうは口から火をはきました。赤いほのおがせまってきます。
「わっ!」
と、たっくんは、うしろにとんで、マントヒヒからヒトデにヘンシン。そして、そのまま水の中にとびこみました。
 でも、こんなあさいところでは、身をかくすこともできません。ましてや、カミナリにヘンシンされたら、にげようがありません。
 どうすればいいのでしょう。
 カミナリにかつためには、やはりカミナリです。でも、ヒトデからどうやってヘンシンすればいいのでしょう。
「どうだ。たすけてほしいか」
 りゅうがうしにヘンシンして、ちかづいてきました。怪盗は、あと二回でカミナリにヘンシンできます。でも、ヒトデからカミナリにヘンシンするには、二回ではむりです。
「おれさまの手下になれば、たすけてやる」
 うしがシカにヘンシンしました。あと一回ヘンシンされたら、もうおしまいです。
「ヘンシンのうりょくさえあれば、どんなことでも、おもいのままだ」
 シカが水の中にはいってきました。
 もうだめです。とてもかなうあいてではなかったのです。
「どうだ。子分になるか?」
 どろぼうの子分になるなんて――、
「い、いやだ。――ヘンシンのうりょくは、わるいことにつかっちゃいけないんだ」
 たっくんは、はっきりいってやりました。
「どうしてもいやか?」
「ことわる!」
 こんなことになるのなら、もっとすきなものを食べておくべきでした。カレーライスも、やきにくも、うなぎのかばやきも……。う、うなぎ――、そうです。うなぎです。
「ばかなやつめ。おれさまにさからったバツだ。さ、かくごしろ!」
 シカがあっかんべーをするのと、たっくんが、ヒトデからデンキウナギにヘンシンして、ええい!と、力をいれるのがどうじでした。
「ひ、ひえええ」
 アッカンベーは、気をうしなってもとのたぬきにもどってしまいました。かったのです。怪盗アッカンベーにかったのです。
「ふ、ふう」
 水の中からあたまをだすと、デンキウナギはほっといきをつきました。
 空を見上げると、ヘリコプターが見えます。まどから、手をふっているのは、ルナちゃん、そして、ルナちゃんのママとパパ。それに、ヘリにヘンシンしているのは、たっくんのおとうさんです。

    8 さかさまのしりとり
「ルナちゃん。ぼく、どうしてもわからないことがあるんだけど」
 怪盗をけいさつに引きわたして、おうちにかえるとちゅう――ヘリコプターの中です。
「あのとき、どうして、怪盗が「う」でおわるものにヘンシンしていたってわかったの」
「かんたんよ」
と、ルナちゃんは、うなずくと、
「まず、あっかんべーという声は2回したでしょ。だから、二回ヘンシンしたわけ」
「ん」
「で、一ばんさいごはすいみんガスだったでしょ。ということは、その前は、「す」でおわってホーホケキョってなく――」
「わかった、ウグイスだ!」
「そう。だから、一ばんはじめは、「う」でおわるものだってわかったの――」
「――そうか」
 なるほど、だからあのとき、コショウとかほうれんそうとかいっていたのです。ルナちゃんはなんて頭がいいのでしょう。
「それにしても、あのおまんじゅう、すてちゃってもったいないことしたな」
 たっくんが、ざんねんそうにいうと、
「そういうとおもって、――、はい。ルナのお金をとりもどしてくれたおれいよ」
と、ルナちゃんが、とり出したのは、おまんじゅうでした。 
「いっただきまあす」
というと、大きなおまんじゅうがたっくんの口の中にきえていました。

 こうして、ルナちゃんとたっくんのかつやくで、怪盗アッカンベーはつかまりました。でも、あいつのことす。また、なにか新しい手をかんがえて、ふたりにちょうせんしてくるかもしれませんね。(ねまき、きゅうけつ
きドラキュラ、ラジオ、おしまい)



posted by ソフィア英語教室 at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 中学部

博子ちゃん、超ピンチ

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作品タイトル:「博子ちゃん、超ピンチ」
発表年月日:1990年● 
絵:渡川隆司(わたがわたかし) 
発表媒体:学習・科学『3年の読み物特集・下』生活読み物 株式会社 学習研究社
枚数:●枚
粗筋:だれだって、口の中にげんこつが入ったらびっくりするでしょう。博子ちゃんだって、びっくりしました。
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 「博子ちゃん、超ピンチ」
                          森峰あきら

 4年4組でいちばん美少女といったら、なんといっても大口博子ちゃんです。すらりとしたからだに、長いかみ、色白のかおに、大きなぱっちりとした目――。もし、校内美少女コンテストなんていうものがあったら、まちがいなく優勝です。
 でも、だれにだって、欠点はあるものです。博子ちゃんにだってあります。どじなのです。それも、学校中はおろか、町内でもだれひとり知らない人のないくらいのどじなのです。

      ■1■

 4月――。
 あたらしい学年がはじまって一週間ほどたって、今日から一日授業がはじまるという日のこと――。
 3時間目がおわって、もうすぐ4時間目というとき、博子ちゃんは、女子トイレにいました。
「あ、あああ」
 鏡にむかって大きなあくびをひとつ。ねむてしかたがありません。昨日の夜、おそくまでテレビを見ていたからです。
 『びっくり奇人変人』という番組でした。口から火をふいたり、体にハリをさしたり、ゴキブリをたべたり、いろんな変な人が出ていました。でも、博子ちゃんがちばんおもしろかったのは、にぎりこぶしを口のなかにスッポリと入れてしまう男の人でした。
――こんなものが、よくはいるわ。
 博子ちゃんは、にぎりこぶしをつくってみました。
「あ、あああ」
 また、あくびが出ました。そこで、にぎりこぶしを口にもっていくと、おどろいたことに、スッポリとはいってしまったのです――にぎりこぶしが。
 だれだって、自分の口のなかにげんこつがはいったらびっくりするでしょう。博子ちゃんだってびっくりしました。
 大口といっても、名前だけで、博子ちゃんの口はそんなに大きくありません。でも、はいってしまったのです。博子ちゃんは、目をまんまるにして鏡にうつった自分の顔をみました。
「……」
 なんという顔でしょう。わらってしまいます。――そうだ。おもしろいから、きょう帰ってから、お母さんに見せてびっくりさせてあげよっと。
 そのときまでは、そんなのんきなことをかんがえていました。
 ところが――、
「はだ?」
 ぬけないのです。
――ち、ちょっと……。
 そんなばかなことが、とおもって、こんどは、いささかむきになってひっぱりました。でも、やはりぬけません。
――ど、どうしよう。
 こういうときは、あわててはいけません。博子ちゃんは、おちついて、鼻からいきを大きくすってから、もういちどやってみました。でも、いくらひっぱってみてもぬけません。――ま、まさか、そんな……。
 さすがにあせりました。口はこれ以上大きくあけられません。なんということになってしまったのでしょう。
 なんどやってみてもだめでした。そういえば、テレビの司会者が、よい子はまねをしてはいけません、なんていっていました。
――も、もしかして、一生、このままだったら……。
 博子ちゃんは、泣きたくなりました。
 新学期早々、こんなことになるなんて、なんてついてないのでしょう。今年こそは、どじなことをしないときめたのに――。
 チャイムがなりました。4時間目がはじまるチャイムです。だれかが入ってきてはいけないので、博子ちゃんは、トイレの中でかくれていました。でも、いつまでも、こんなとこにかくれているわけにはいきません。なんとかして、家にかえらなければ――。

      ■2■

 博子ちゃんは、トイレのドアをすこし開けて、ろうかの左右をうかがいました。
「…………」               だれもいません。チャンスです。
 こっそりとろうかにでました。音楽室から、のんびりとした歌声がきこえてきます。
 とにかく、一階までおりなきゃ、とおもって階段のほうへあるきはじめたその時――、「博子」
 うしろから声がしました。竜造寺綾子の声です。綾子だけではありません。
「大口さん」
といったのは、有賀秀樹くんの声でした。二人は、たんにんのマチコ先生に言われて、博子ちゃんをさがしにきたのです。
 博子ちゃんは、ふりかえらずに、とっさに走っていました。
「ま、まちなさいよ」
「大口さん、ど、どうしたんだよ」
 二人の声がおいかけてきます。でも、立ち止まるわけにはいきません。博子ちゃんは、走りました。でも、左手だけしか自由がきかないので、走りにくくてしかたありません。それに、鼻でしか息ができないので、すぐ息がきれてしまいます。
 大好きな有賀くんにだけは、こんなところを見られたくありません。もし、そんなことになったら、人生のハメツです。有賀くんは、頭がよくてやさしくて、かっこよくて――。でも、いくら、有賀くんがやさしくても、ニギリコブシを口のなかにいれてしまうような、へんな女の子をすきになってくれるわけがありません。
 綾子にだって見られたくありません。あんなやつにみつかったら、学校新聞に発表したようなものです。
――逃げなければ!
 博子ちゃんは、3階から2階へ階段をおりました。
「こらこら、廊下をはしってはいかん」
 うしろで声がしました。校長先生の声です。でも、博子ちゃんは、ふりむかずに走りました。そして、二人がたちどまっているすきに、2階から1階へ――。
 廊下の角をまがると、こんどは、むこうからのっそのっそと教頭先生がやってきます。まずいことになりました。
――そ、そうだ!
 博子ちゃんは、ちょうど目のまえの保健室に逃げこみました。
「あら、だれかしら?」
 ついたてのむこうで、保健の丸山先生の声がしました。
「4組の大口さんね?――きょうは、どうしたの?」
 先生がやってきていいました。博子ちゃんは、うつむいたままうなずきました。
 博子ちゃんは、保健室のおとくいさまです。つい一昨日も、ドッチボールをしていて、綾子の投げたボールをまともに顔でうけてしまって、保健室にはこびこまれました。
「だまってちゃわからないわ」
 この先生も、ちょっとどじなところがあって、なんだか気があいます。だから、丸山先生にならはなせる、とおもいました。
 ところが、博子ちゃんが、顔をあげると、「わっ!」
といって、先生は3メートルほどとびのいて、「な、なに、それ。あ、あは、あはははは!」 おなかをかかえてわらいだしたのです。ギャグでこんなことをしているのだと思っているのです。博子ちゃんは、こんな先生に相談したのをこうかいしました。
 博子ちゃんは、ニギリコブシを口にいれたままかぶりをふりました。でも、いくらかぶりをふっても、わかってくれません。
 先生は、しばらくわらいつづけていました。わらいだしたらとまらないのです。
「でも、あははは、よく入ったわね。……昨日のテレビでやってたけど――。さ、ふざけてないで。そんなこと、女の子のすることじゃないわよ。ああ、おかしくって、あははは」 博子ちゃんは、目頭があつくなってきて、涙があふれてきました。すると、先生も、ようやくおかしいと気がついたのでしょう。「ま、まさか――ぬけなくなっちゃったっていうんじゃないでしょうね?」
 博子ちゃんは、大つぶのなみだを流しながら、うなずきました。
「――ほんとなの、ほんとなのね?」
 ひっしのおもいがつうじたのか、先生は、やっとわかってくれたようです。
「でも、息はできるのね?」
 あたりまえです。できなければ、死んでしまいます。ただ、ちょっとかぜぎみなので、くるしくてくるしくて……。
「もお、どうしてそんなことになったのよ」 まだしんじられないという目でした。
「あ、あたしもどじだけど、あなたには、負けたわ」
 いいながら、先生は、なみだをふいてくれました。
「こまったわね。でも、入ったんだからぬけるはずでしょ。口をあけてみなさい」
 博子ちゃんは、大きく口をあけました。
「あああん。もっとあけて」
 先生が、手首をひっぱります。
「もっと大きく」
 と、いわれても、もうこれ以上はあけられません。くるしくて、博子ちゃんは、鼻から息を大きくすいこみました。そして、すいこんだくうきをはきだすと、鼻からちょうちんが出てしまいました。それを見て、先生はぷっとふき出して、
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。わらっちゃいけないのよね。でも、あ、あははは」 またわらいだしました。わらってはいけないとおもうほど、かえってわらいがとまらなくなるものです。それから、しばらく、先生はわらいつづけました。そして、ようやく、わらいがおさまってから――、
「どうすればいいのかしら?」
 なるべく博子ちゃんのほうを見ないように、そっぽをむいていいました。見てしまうとまたわらいだすからです。
 保健室にはいろいろな生徒がきますが、口にゲンコツをいれてとれなくなった女の子なんて、初めてでしょう。
「そうだ」
 なにかいいかんがえがあるようです。
「待ってなさい。マチコ先生、よんでくるから」
 博子ちゃんは、必死になって先生をとめました。マチコ先生には知られたくありません。長谷川マチコ先生は、まだ大学をでたばかりで、立石小学校に新しくやってきた先生です。とってもやさしい先生です。そんな先生に、新学期早々、どじだなんて思われたくありません。
「じゃ、救急車、呼ぶ?」
 大きくかぶりをふりました。救急車なんてよんでしまうと、学校じゅうに知れわたってしまいます。そんなことになったら、もう学校へはこれません。転校です。
「じゃ、お母さん、よぶ?」
 博子ちゃんは、うなずきました。
「わかったわ――ええっと、電話番号は――」 口も右手もつかえないというのは、なんとふべんなものでしょう。博子ちゃんは、それでも、なんとか、左手で紙に電話番号をかきました。
「じゃ、先生、電話してくるから、ここでまってるのよ。いいわね?」
 そういって、先生はドアをあけて、
「――でも、こんなこと信じてくれるかしら」とつぶやきながらいってしまいました。
 なんとか、4時間目の授業がおわるまでにお母さんに来てもらわないと、休み時間になると、だれかが、保健室にやってくるかもしれません。――それにしても、なんということになってしまったのでしょう。

      ■3■

「いた?」
 廊下で声がしました。有賀くんです。
「いいえ、いません。まったくひとさわがせですわ」
 竜造寺綾子の声もします。
「どこへ行ったんだろ?」
「もしかして、ここでしょうか?」
といって、保健室のドアをあけました。
 博子ちゃんは、とっさに窓際のベッドの下にもぐりこみました。
「しつれいします」
 二人がはいってきました。あぶないところでした。
「いないなあ」
「あの子、どういうつもりかしら?」
 綾子が、ドシッとベッドのうえに腰をおろしました。博子ちゃんの目のまえに竜造寺綾子のふとい足が見えます。
「あの子、バカだから、なにかんがえてるのかわかりませんわ」
 ひとが聞いていないとおもって、ずいぶんなことをいってくれるではありませんか。
 綾子とは、1年のときからずっといっしょのクラスです。いままでどんなにいじわるをされたことか――。かんがえてみれば、どじ子なんてあだ名をつけたのも綾子なのです。「有賀くん、転校してきたばかりだから知らないとおもいますけど、あの子、一年生のとき、ぎょう虫検査でひっかかったんですのよ」 なにをいいだすのかとおもったら、とつじょ綾子はそんなことをいいだしました。
「そんなことうそよ!」
といって、とびだしたいところですが、そういうわけにはいきません。博子ちゃんのめいよのために言っておきますが、あれは、あとになって検査のほうがまちがいだったということがわかったのです。
「それから、去年の夏休み、キャンプに行ったときのことですわ。あの子、使い捨てカメラをもってきて、いっぱい写真をとっていたんですけど、帰りのバスで一枚とってもらおうとおもって、『博子ちゃん、カメラは?』ってきいたんです。そしたら、あの子、『捨てちゃったよ』っていうもんだから、どうしてってきいたんですの。そしたら、『――だって、使い捨てだからすてるんでしょ?』ですって」
 綾子は、そういって、
「まさに、今世紀最大のばかですわ。4年4組の、いいえ、わが立石小学校の、いいえ、立石市のはじさらしですわ」
 大わらいしました。
――それから、あの子、幼稚園のとき、
――そうそう、2年のときも、
――そういえば、1年の入学式でも、
 ふれられたくない過去のどじを、みんな有賀くんにばらしてしまいました。
 あまりといえばあまりです。博子ちゃんは、目のまえの綾子の太い足にかみついてやろうとおもいました。でも、口がこうなっていてはむりです。
「ね、有賀くん――」
 きゅうに綾子は、きもちわるい声をだしました。なにを言い出すのかとおもったら、
「博子のこと、どう思ってますの?」
 そんなことを言い出しました。
「ど、どうって――」
「好きかどうかということですわ」
「そ、そんな――」
「好きなのですか?」
「い、いや。べつに――」
「うれしい。博子のことなんか、なんとも思ってないのですね」
 綾子は、ひとりでなっとくして、さらに、こんなことをいいました。
「だったら、私のことはどう思ってますの?」「えっ――」
 有賀くんは、こまってしまってこたえられません。
「好きなのですね?」
 綾子は、しつこくこたえをせまります。
「大口さん、大口さん」
 そこへ、丸山先生がもどってきました。
「あら、あなたたち――」
 先生は、あたりをきょろきょろしながらいいました。
「先生。大口博子、来てたんですね?」
「――え、ええ。まあ」
「どじ子、どうしたんですか?」
「ん、ちょっとね」
「ちょっとどうしたんですか」
「ちょっと、そのね――」
「――」
「ちょっと、そのあれよ」
「先生、あれって、――もしかして、女の子のあれですか?」
 博子ちゃんは、ベッドの下で聞いていてびっくり。話がとんでもない方向にいっています。
「しんじられませんわ、あんなミジュクジが」「し、信じられないって――?」
「だって、女の子のあれでしょ?」
「ち、ちがうわよ」
「じゃ、どうしたんですか?」
「ん、ちょっとね――ちょっとね、ひ、貧血をおこしたみたいなのよね。さ、あなたたちは、もういいから、教室にもどって。――長谷川先生には、あたしからあとで報告するから。さ、早く。授業に行きなさい」
 そんなことで、ああ、そうですかと、ひきさがる綾子ではありません。ところが、意外なことに、
「有賀くん。いいじゃありませんか。さ、いきましょ」
 あっさりと出ていきました。あぶないところでした。
 二人をおいだしてから、先生はためいきをついて、
「ほんとに、どこへいったのかしら――、あのどじ子ちゃん」
と、いうと、またふきだしました。
「わらっちゃいけないのよね、わらっちゃ」 そう自分にいいきかせてから、
「そうだ、さがさなくちゃ!」
 あっというまに、出ていきました。とめる間もありません。
 博子ちゃんは、しばらくベッドの下にかくれていました。時計を見ると、もうあと十分でお昼休みです。お母さんが来てくれるのをまっている時間がありません。こうなったら、自分で帰るしかありません。
 しずかになったのをみはからって、ベッドの下からはいだしました。そっとドアを開けて、だれもいないのをたしかめてから、出ました。
 ここから事務室のまえをとおって、あと裏門まではすぐです。とにかく脱出しなきゃ――、と思ったとき、
「まちなさい」
 うしろで声がしました。博子ちゃんの足がぴたりととまります。
「やっぱりかくれていたのね。あやしいと思っていましたわ」
 綾子です。待ちぶせしていたのです。博子ちゃんは、反射的に走りだしていました。
「まちなさい、逃がしませんわよ!」
 おいかけてきます。
 博子ちゃんは、にげました。ここでつかまったら、さらしものにされてしまいます。
 事務室の角をまがると、目のまえにとつぜん、地球があらわれました。社会の授業でつかう大きな地球儀です。あぶない!とおもったときには、地球に正面衝突していました。「わ、わ、わっ!」
と、ひめいをあげてひっくりかえったのは、山田先生――。となりの4年3組の先生でした。
(山田先生、ごめんなさい)
 博子ちゃんは、走りました。
「ま、まちなさい。どじ子!」
 綾子がおいかけてきます。このままでは、つかまってしまいます。
 博子ちゃんは、目のまえにあった部屋ににげこみました。以前、用務員さんがつかっていて、いまは物おきになっている部屋です。 中はまっくらでなにも見えません。でも、とにかく、部屋のおくにある棚のうしろに身をかくしました。
「いることはわかってますのよ。出てきなさい」
 ドアががらっとあきました。博子ちゃんは、おいつめられたウサギのようにふるえていました。
「ははあ。なにか、見られたくないわけがあるのですね」
 綾子が、入って来ました。
「さ、電気をつけて見てあげますわ」
 手で壁の電気のスイッチをさぐります。
「もうおしまいですわ」
 スイッチの音がしました。
 すると――、
 たちまち耳をつんざくようなけたたましい音が、なりだしました。まちがって非常ベルのスイッチをおしてしまったのです。
「きゃあああああ!」
 綾子は、非常ベルより、もっと大きな悲鳴をあげました。ふつうなら、非常ベルには赤いランプがついていてわかるようになっているのですが、春休み、学校にドロボーがはいったときに、こわれてしまったのです。
「きゃあああああ!」
 博子ちゃんは、あわてふためいている綾子をつきとばして、部屋をとび出しました。
「ドロボー、ドロボーよ!」
 なにを思ったのか、綾子がそんなことをさけんだものですから、事務室のほうから、先生たちがやってきます。しかたなく、博子ちゃんは、あともどりしました。
「ドロボーだ!」
「そっちににげたぞ!」
「だれか、けいさつにれんらくしろ!」
 たいへんなことになってしまいました。
 博子ちゃんは、顔を左手でかくしながら走りました。職員室のまえをとおって、わたりろうかを走りぬけて、体育館のよこをすりぬけて、校庭をつきすすみ、正門をかけぬけました。
「…………」
 ここまでくればだいじょうぶ、とほっとしたとき、4時間目終了のチャイムがなりました。気がついたら、うわばきのままです。でも、このまま帰るしかありません。とにかく、たすかった――。博子ちゃんは、そうおもいました。でも、このあともっとたいへんなことがまっていたのです。

      ■4■

 博子ちゃんは、走りました。なるべく人のとおらない裏道を、うつむいたままいそぎました。昨日の夜ふった雨で、道がぬかるんでいます。
「あら、博子ちゃんじゃないの?」
 うしろで近所のおばさんの声がしました。「早かったのね。もう終わったの?」
 でも、ふりむくわけにはいきません。
「ち、ちょっと、どうしたっていうのよ」
 博子ちゃんは、ひたすらいそぎました。タバコ屋さんの店の角までたどりついたとき、「あっ!」
 まずいことになりました。悪ガキ3きょうだいにばったり会ってしまったのです。町内でも有名な三つ子に、まともに見られてしまったのです。
「わっ、どじ子だ!」
 ミツコが大げさにのけぞりました。
「どじ子のおばけだ!」
 ミツルが大わらいしました。
「口さけ女だ!」
 ミツオが大声でさけびました。
 博子ちゃんは、にげました。でも、あわてていたので、みごとにすっころんでしまいました。せっかく買ってもらったばかりのスカートがどろだらけ――。そこへ、おいうちをかけるように、
「それ!」
と、三人がなげた小石がとんできます。博子ちゃんは、立ち上がって、走りました。
「あっ、まて!」
「よし、みんなでつかまえるんだ!」
「生け捕りにしろ!」
 悪ガキ軍団がおいかけてきます。
 あの角をまがると家です。息がくるしくてしかたありません。でも、ひっしでした。
「あっ」
というこえがしたので、ふりかえると、ミツコが石につまずいてころびました。――ところに、あとからやってきたミツオもミツルもぶつかってしまって――。
 今のうちです。
 博子ちゃんは、走りました。
 やっと家が見えてきました。たどりついたのです。博子ちゃんは、玄関のほうにまわりました。そして、ドアを開けようとしたら――、
「うっ!」
 中から、ドアがいきおいよくひらいたので、したたか鼻をぶつけてしまいました。
「博子、博子!」
 ドアを中からあけたのは、お母さんでした。丸山先生から電話があったときは、外出していたのです。今さっきもどってみると、留守番電話に丸山先生からのメッセージがはいっていました。びっくりしてこれから出かけるところだったのです。お母さんもだいぶあわてています。はきものが左右べつべつです。「だ、だいじょうぶなのね?」
 とにかく家にはいって、玄関のドアのかぎをしめました。家に入ったとたん、今までがまんしていた涙が、ぽろぽろとこぼれてきました。涙だけではなく、鼻をぶつけたので鼻血も出てきました。博子ちゃんの顔はメチャクチャです。それを見て、
「ぎゃ!」
 お母さんが、悲鳴をあげました。
「ひ、ひろ、ひろこ……」
 声がふるえていました。血に弱いのです。「び、病院、病院! き、き、きゅうきゅうしゃ!」
 お母さんは、階段をかけあがっていきました。救急車をよぶつもりです。
――や、やめて!
 お母さんをとめようと思ったしゅんかん、博子ちゃんは、階段をふみはずしていました。あたまをうって、目のまえがまっくらになりました。死んでしまう――。でも、こんなはずかしい死にかただけはしたくない、そう思いながら、博子ちゃんは、きぜつしてしまいました。
 それからのことはわかりません。でも、知らなかったほうが博子ちゃんにはさいわいでした。
 けたたましいサイレンをならして救急車がやってくるわ、なにをまちがったのか、消防車やパトカーまでやってくるわ、近所の人たちが見物にくるわ、悪ガキ3きょうだいがわめくわ、お母さんは泣くわ、イヌはよろこび庭かけまわるわ、ネコはこたつでまるくなるわ――、とにかく、そんなたいへんなさわぎのなかを博子ちゃんは、担架にのせられて病院へはこばれたのです。

      ■5■

 気をうしなっている間、博子ちゃんは夢を見ていました。じぶんのおそうしきの夢です。祭だんには、口にニギリコブシをいれた博子ちゃんの大きな写真――。そのまえで、おぼうさんが、わらいながらお経をとなえていました。お母さんもお父さんも妹も、そして、クラスメートもみんな、わらいながらおしょうこうをしている、という夢でした。
「…………」
 夢からさめて、目をあけると、ぼんやりとまわりのようすが見えてきました。家――、にしては天井が高すぎます。
――ここは?
 そのとき、だれかがはいってきました。
「大口さん――」
 そういったのは、博子ちゃんが一ばん会いたい、そしてまた、一ばん会いたくない人でした。
「……あ、有賀くん」
「よかった、気がついたんだね」
「どうしてあたし――」
 博子ちゃんは、そこではじめて気がつきました。声がでるということは――。
 博子ちゃんがはこばれたのは、なんと、よりによって、有賀くんちの病院だったのです。そして、気をうしなっているあいだに、有賀くんのお父さんがアゴの関節をはずして、手をぬいてくれたというわけでした。そういえば、有賀くんのおとうさんはお医者さんだとだれかがいっていました。
 病院から家まで有賀くんがおくってくれました。お母さんは、ようじがあるといって、あとでかえることになりました。きっと、博子ちゃんといっしょに歩くのが、はずかしかったからです。
「有賀くん、私のこと、心の中でわらってるでしょ」
「――」
「だって、私って、ほんとにどじでおっちょこちょいなんだもん」
「そんなこと――」
「おもってるでしょ」
「……まあ」
 有賀くんは、もうしわけなさそうにうなずきました。そのようすがおかしかったので、博子ちゃんは、わらってしまいました。
「だってさ、だって――」
 有賀くんもわらいました。二人は、わらいながら歩きました。
 西の空がいつの間にか、あかね色にそまっていました。
 さて、こうして博子ちゃんのどじは、またもや町じゅうにひろまりました。もちろん、学校でも知らない子はいません。でも、次の日、博子ちゃんは、学校を休みませんでした。          

※ この作品は掲載時のものを少しばかり書き足してあります。



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